森の異変

 手を突き出してやけくそ気味に火属性魔法を発動する。


「どうわあ!」

「な、何だよこいつ!」


 突然の火炎放射に逃げ腰になったぽっちゃりの顔面に加速を乗せた右拳を叩きつける。


「げふっ!」


 本部で吹っ飛ばされた僕のようにぽっちゃりの巨体が後方に吹っ飛んでいく。

 着地と同時に髭面目掛けて突っ込んで行こうとしたが、そこは場慣れしている奴らなのか既に剣を抜き放ち俺を見据えている。


「おい、ヤン起きろ! 畜生が、気絶してやがる」

「俺たちは霊獣を連れて先に行く、バレンはガキを殺してから追いかけて来い!」


 カバンを掴んでいる奴がリーダーか、あいつをぶっ飛ばせば--!


「おっと、行かせないぜぇ」


 バレンと呼ばれた髭面が一瞬で逃げて行く二人との間に現れる。無属性魔法で加速したのだろう。

 だが、今の俺には関係ない。何てったって魔法があるからね。


「かまいたち!」


 名前を付けているけど、ただの風属性魔法である。

 しかしその威力は壮絶だった。


「ぐわっ! な、何だこりゃ! 痛っ、切れやがる!」


 この世界にかまいたちはないのだろうか?

 でもまあ、混乱してくれたなら好都合だ。再び無属性魔法で急加速、右腕を真横に伸ばしてラリアットをかました。


「ぐへっ!」


 首にクリーンヒットしたバレンは変な声を出してその場で後方一回転した後、頭から地面に激突して気絶した。

 これで二人はぶっ飛ばしたが、残り二人とは距離が離れてしまった。


「早く、追いかけないと……」


 ヤバい、頭がフラフラしてきた。

 体もガッチガチだし、無属性魔法を酷使し過ぎたかもしれない。

 このままだとマジで死ぬ、しかも魔法の使い過ぎで。


「……あー、なんか幻聴が聞こえる」


 誰かが俺の名前を呼んでる気がする。

 無属性魔法で一気に駆けてきたのだから誰かが追いかけて来ても追いつけるはずがない。

 ついに終わりだ、銅のナイフを作っただけの短い異世界生活だったなぁ。


「--ジン! どこだ!」

「あー、あれ? 幻聴じゃ、ない?」


 聞き覚えのある声がするなぁ。

 よく分からないけど、とりあえず合図を送ってみるかぁ。

 何がいいかなぁ、森の中で暗いし、光でも付けてみるかぁ。


 --ピカッ!


 あぁ、光量が小さ過ぎる。これじゃあ誰かいたとしても気づかれないなぁ。

 マジで死--。


「ジン! 大丈夫か!」

「……あー、ユウキ?」


 おぉ、これは夢か幻か。

 目の前にぼんやりとユウキが見える気がする。

 ぼんやりだから、これは夢だな、うん。


「これが、走馬灯かぁ。あの時は見れなかったからなぁ」

「ちょっと、何言ってるの! これ飲んで、ポーションだから!」


 ぽ、ぽしょん? ぽしょんって、何だろう?

 ……ちょ、ちょっと、ユウキ、そんな無理やり変なの、飲まさないで。


「…………ぷはぁ! ちょっと、待って、苦しいから!」

「あー、よかったぁ。間一髪だったね」

「間一髪って、何が……あ、あれ? 体が動く?」


 さっきまで全く動かなかったのに、頭も朦朧としてたのに、不思議とスッキリしているよ。


「ポーションが効いたみたいだね」

「ポ、ポーション? ぽしょんじゃなかったんだ」


 ポーションって言うと、ゲームではよく体力回復で使われるアレか。

 それをさっきは無理やり飲まされたのね。

 なんか間一髪だったっぽいし、やっぱり危なかったんだね。


「それにしても、この倒れてる人たちってもしかして?」

「そうだ! ガーレッドが拐われたんだ、こいつらはその一味でぶっ飛ばした!」

「ぶっ飛ばした……ジン、凄いね」

「それよりもガーレッドを追いかけないと、今も少しずつ離れて行ってるんだ!」


 俺は急いで立ち上がり森の奥に進もうとしたが、その腕をユウキが掴んだ。


「なんで止めるんだよ!」

「ちょっと待って……森の様子が、おかしいんだ」

「何がおかしいんだ?」

「本来これだけ奥に進んだ森の中なら魔獣が現れてもおかしくない。それなのに魔獣が一匹も出てこないんだ」


 それはそれで好都合ではないだろうか。

 無駄な戦闘は避けられるし、その分早く追いつけるんだから。


「魔獣は本来縄張りを出ることはしないんだ。それにここを縄張りにしていた魔獣がいれば僕たちに襲い掛かってきてもおかしくないんだけどそれもない」

「それって、どういうことだ?」


 魔獣がいて……縄張りがあって……縄張りから出た魔獣がいて……縄張りを出た理由……出ないといけなくなった?


「縄張りにしていた魔獣よりも強い魔獣が現れた可能性があります」

「そんなやつ何処から--」


『--ぎゃああああっ!』


 な、なんだ今の悲鳴は!

 それに今の声、ガーレッドがいる方向からだったような。


「森の奥……まさか、その魔獣に遭遇したんじゃ!」

「まずい、まだガーレッドがそっちにいるのに!」

「ダメだ、ジン! 殺されるよ!」

「俺はガーレッドの親だ! 子供がヤバい状況なのに指をくわえて見てろってのか? そんなことできるはずないじゃないか!」


 俺の視線を受けたユウキはしばらく腕を掴み続けたが、諦めたように離してくれた。


「それなら、僕も行くよ」

「それはダメだ! 殺されるかもしれない!」

「そんな場所に友達を送り出せっていうのかい? そんなこと僕には出来ないよ」

「……あっ」


 あー、なんも言い返せない。

 俺も似たようなことをついさっき言ってるからな。


「……マジでヤバいぞ?」

「僕はこれでも冒険者だよ? 覚悟はしてる」


 俺が折れなかったように、今のユウキも折れないだろう。

 それならば手は多いほうがいいに決まっている。


「行こう!」

「うん!」


 俺とユウキは無属性魔法を使って悲鳴が聞こえてきた森の奥へ進んで行った。

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