ゾラの鍛冶

 素材に関しての話が一段落したところでゾラさんが立ち上がった。


「さて、それでは次に儂の鍛冶を見てもらおうかの」


 えっ、マジですか! ヒャッホー!

 ここは嬉しさを隠す必要なんてないよね!

 僕のウキウキ加減に苦笑しながらもゾラさんが土窯に指を向けると、窯の中には深紅の炎が踊り始めた。

 これが、魔法ですか!

 深紅の炎はその色を変えていき、最終的に黄色い炎が目の前に現れた。


「まずは銀を溶かして型に注ぎ込む」


 窯の中は下の部分が逆円錐形をしており、真ん中に小さな穴が開いてある。

 その中に銀を放り投げると、途端に銀が溶け始めて穴に吸い込まれていく。

 穴の先には剣の形をした型が設置されており、その中に溶けた銀が注がれていく。

 外気に触れて固まり始めると、ゾラさんは銀を左手に持ったハサミで掴み型から外して窯の中に突っ込んだ。


「ここからは槌で銀を叩いていき形を整える」


 熱せられた銀が真っ赤に色を変えているが、気にする様子もなく使い込まれた金床かなとこに乗せて右手に槌を持つ。


「ここからが、鍛冶師の本領発揮じゃ」


 途端にゾラさんの雰囲気が一変した。

 目を見開き、歯を食いしばりながら全力で槌を振るい銀に叩きつける。


 --カンッ! カンッ!


 甲高く、それでいて力強い音が部屋に響き渡る。

 型にはめられていた銀がその形を変えていき、五〇センチに満たなかった長さがそれを徐々にその長さを伸ばしていき、三〇センチくらいあった横幅は一〇センチ以下の太さまで成形された。

 何度も、何度も、休むことなくひたすらに槌を振るい続ける。

 どれくらいそうしていただろうか、ゾラさんの全身から大粒の汗が溢れ出し、身に付けている衣服が体に張り付く。

 ここまでくれば完成も間近だろう。


 僕はゾラさんの作業風景を眺めながら自分の知識と照らし合わせていた。

 素材から不純物を取り出す錬成は、いわば鉄鉱石から石やゴミを燃焼させて純粋な鉄を取り出す作業と同じだろう。

 そして、鍛造作業はほぼ同じと考えていいかもしれないが、一つ疑問が残っている。

 銀は外気に触れているのでどんどんと熱が奪われていく。

 それにも関わらず銀は常に真っ赤に染まっており成形が予想以上にスムーズに進んでいる。


「--あっ、魔法か」


 よく見るとゾラさんが左手に持っているハサミの中心が赤く染まっている。おそらくそこから挟んでいる銀に熱を送り込んでいるのだろう。この世界ならではの技術だ。

 そう考えると仕上げも僕の知らない技術が使われる可能性がある。

 僕は意識を再びゾラさんに向けた。


「さて、最後の仕上げじゃ!」


 槌を手放したゾラさんが手にしたのは細かな模様が描かれた一枚の紙切れ。

 何かしら呟いた後、紙切れが光を浴びて手を離れ成形された銀へ向かい飛んでいく。

 紙切れが銀に触れた瞬間、紙切れを金色の炎が包み込み燃えかすも残さずに消えて無くなった。

 その代わりに紙切れが浴びていた光が銀を包み込み表面に光沢が現れていく。

 さらに刀身には不思議な紋様が浮かび上がると、最後には部屋一面に光が弾けて光の粒子が舞い踊っていた。


「これが、鍛冶?」

「すげぇ、俺もこんな鍛冶は初めて見た」


 カズチも初めてということは、他の鍛冶師とは違う?

 そうなるとこれはゾラさんだから起こった現象、これが超一流とそれ以外の違いなのかもしれない。


「これで、今回の剣は完成じゃ」


 出来上がった剣は細く刀身が七〇センチくらい、分類的にはショートソードになるのかな。

 刀身の紋様に光が当たる度に反射して美しい。

 素人の僕が見ても、この剣が一級品なのだと分かるほどの作品だ。

 最初からショートソードを作ろうと考えていたのだろう、既に作られていた鞘に納めると何故かゾラさんがそれを僕に差し出してきた。


「クラン加入祝いじゃ、くれてやる」

「えっ! で、でも、これって超高級品ですよね? 僕、そんなお金持ってないですよ?」

「家族から金を取る親がどこにおるか!」

「……家族?」

「クランに加入した奴らは皆が儂の家族じゃ、だから気にするでない」


 そんなものかと思いながらチラリとカズチに視線を向けると、それに気づいたカズチが一度頷く。

 よく見ればカズチの腰にも一本の短剣が差さっている。

 どうやら、加入した見習いには何かしらが贈られているようだ。


「それじゃあ、遠慮なく」


 受け取ったショートソードを抜いてじっくりと眺めてみた。

 一つの金属で刀身から柄まで成形されているのは珍しいと思う。

 それにも関わらずとても軽く使い勝手はとても良い。

 一切の歪みがない刀身は切っ先向かうにつれて緩やかなカーブを描き、刻まれた紋様は間近で見ても美しく、何かしらの意味があるに違いない。


「名前は小僧に任せるぞ」

「名前、ですか?」

「儂が付けてもいいんじゃが、せっかくなら使う本人が付けた方が使いやすいじゃろうて」

「名前かぁ……」


 僕が手にした初めての剣、いきなりの一級品装備を目の前にして名前を考えるのは難しい。

 どうしても名剣や聖剣なんかに使われていた名前が浮かび上がってしまうが、そんな名前を付けてしまったらそれこそ英雄っぽくなってしまうから却下だ。

 西洋の剣だけど、日本っぽい名前でも問題ないよね、だって異世界だもの。


「--銀狼刀ぎんろうとう

「ギンロウトウ? 初めて聞く響きじゃのう」

「何となく、好きな響きなんです」


 素材が銀だし、銀狼とかいるし、僕的には結構気に入った名前を付けられたと思う。

 首を傾げていたゾラさんも僕の表情を見て納得してくれたようだ。

 初めての剣、銀狼刀を腰に下げた僕はふと考えた。

 ……なんか、英雄っぽくねぇ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る