クラン加入と気になるあの人
ゾラさんの部屋に入ると、そこは意外にも殺風景な部屋だった。
壁にいくつかの剣や盾が飾られていて、部屋の角に鎧が一着あるが華美なものではなく実用的なものだけだ。
執務机だけは木目が美しい上等なものだと見た目でも分かるが、それも実用性を重視した作りになっている。
この部屋にある唯一の娯楽品と言えば、奥の壁際の棚に置かれている酒類くらいだろう。
勝手な想像だが、自作した大量の武具が雑然と並べられていたり、床には飲み終わった酒瓶が転がっていたりと酷い想像をしていたことは内緒だ。
「ようやく戻ったか。それで、リューネからは書類を貰えたか?」
「滞りなく。先程ザリウスさんに提出してきました」
「そうかそうか! ならば早速鑑定水晶で--」
「不備がないか確認中です。確認が終わればザリウスさんもこちらに来ますのでそれまでは待っていてくださいね」
ゾラさんの言葉を遮り満面の笑みを浮かべながら言葉を続けたソニンさんが、なんだか怖い。
ぶーぶー言っているゾラさんだが、どうやらこういったやりとりは毎度のことらしい。
……ソニンさん、大変なんだなぁ。
「ゾラさんの部屋って、あまりものがないんですね。……机にも何もないですね」
「ここは酒を飲むスペースだからのぅ」
「……事務室には大量の書類が山積みでしたよ?」
「書類を処理するのはザリウスの仕事だからのぅ」
「……事務員って、ホームズさんだけですか?」
「そうじゃ」
……あー、なるほど。ホームズさんの顔色が悪いわけだ。
おそらくホームズさんはとてもできる人なのだろう。それが災いして仕事を全て投げられている。
そして処理してしまうものだからさらに仕事が増えていき、できる仕事には人員補充が行われない。
だが、書類の中には時間のかかる案件もあるだろう。
そういったものが重なって書類が溜まり、山積み書類が出来上がったのだ。
もしかしたら、本来棟梁がやらなければいけない案件もあの中に埋もれているんではなかろうかとちょっと怖くなった。
「事務員を増やした方が良くないですか? ホームズさん、顔色悪かったですよ?」
「だが、ザリウスはそのようなこと一言も言っておらんぞ」
「面と向かって言えないこともありますよ。特にホームズさんは真面目そうですから。この後こっちに来るなら、聞いてみてくださいね」
ゾラさんは渋々といった表情で頷いている。
あまり納得していないようだが、ここはホームズさんにちゃんと言ってもらうしかない。
日本でサラリーマンをやっていた僕には分かる、ホームズさんはかなり無理をしているはずだ。
というか、最大規模のクランに事務員ひとりって、普通あり得ないでしょうよ!
僕が説教紛いのことをコンコンと言っていると、扉がノックされた。
「はいよー」
ゾラさんの返事に合わせて扉が開くと、僕が渡した書類を持ったホームズさんが入ってきた。
その顔色はやはり悪い。
「失礼します。コープスさんの書類に不備はありませんでした。クラン加入に問題もありませんので、こちらにサインをお願いします」
机の上に書類を置いたホームズさんが言うと、ゾラさんはペンを取りサインした。
これで僕のクラン加入が完了した--のだが、その前に大事な用がある。
「ゾラさん」
「うん?」
「さっきの話、覚えてますよね?」
「うぅむ、そうじゃのう……」
二人でホームズさんを見ながらひそひそと話しているので怪訝な表情で首を傾げている。
「ところでザリウスよ、最近は困ったこととかはないかのう」
「困ったこと、ですか? ……いえ、特には--」
「ホームズさん」
僕はホームズさんの言葉を遮って話をした。
「ホームズさんが仕事のできる人だってことは事務室を見たら分かります。だけど、もし貴方が倒れでもしたらこのクランは内側から崩れる可能性もあると僕は感じました」
「……えっ?」
呆気にとられているホームズさん。
ゾラさんとソニンさんも似たような表情をしている。
「鍛冶師や錬成師がこのクランでは大事だと言うことは分かります。ですが、作って終わりではないですよね? 作った後にどうやって販売するのか、どう予算を回すのか、その他にも色々なことを裏方さんが手を回しているはずです。その全てをホームズさんひとりで抱えているのではないですか?」
「それは、そうですが……」
「無理な労働は身体を壊します。身体が壊れたら働けません。働けなくなったらクランに迷惑が掛かります。クランに迷惑を掛けないように自分の意見を言うのも、仕事の一つだと思いませんか?」
偉そうに言える立場でないことは重々承知している。
だけど、ここでホームズさんに倒れられたら僕の居場所がなくなってしまう。
せっかく思う存分生産スキルを向上させることができる環境を手に入れたのだから、より良い環境にするためならば苦労は惜しまないのだ!
「……正直に申し上げますと、一人で処理するのが少々厳しくなってきています」
「そ、そうなのか!?」
「はい……優先順位をつけて処理は進めていますが、見習いから出された経費書類や雑費などが溜まる一方です」
「……お、お前は大丈夫なのか?」
「……実は、あまり寝られていません」
ゾラさんは頭に手をやり、ソニンさんも俯いてしまった。
うまく回っていると思っていたものが実際はギリギリの状態だったと知れば誰でもそうなるだろう。
クランも会社も中身は同じだ、主力商品が売れればそれだけで何もかも上手くいくわけではない。
周囲から見える外面だけではなく、働く者から見える内面も同じように充実させなければいつか崩れてしまう。
「……すまんかった。今後は事務員を増やしてお主の負担を減らせるよう募集をかけよう」
「いえ、即戦力が必要ですからリューネさんに相談するべきです」
「名案じゃソニン! 早速動くとしよう!」
僕が頷いていると、ゾラさんがこちらに向き直って真剣な表情で口を開く。
「小僧、助かったぞ。本当にありがとう」
「そ、そんなことないです。僕は拾ってもらった上にクランに入れてもらえてとても感謝してるんですよ! それに、僕みたいな子供の意見を聞いてくれてこちらこそありがとうです」
ぺこりと頭を下げた後、満面の笑みで顔を上げれば三人とも笑顔になってくれた。
心なしかホームズさんの顔色も良くなった気がする。
これで事務業務も改善、僕も憂いなく生産スキル向上に力を注げるというものだ。
そしてここからが本番! 早く調べて! 僕のスキルを!!
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