『神の槌』本部にて

 ソニンさんに連れられて次にやってきたのは『神の槌』本部があるカマドの西地区。

 広大な面積を誇るカマドの西地区、その三分の一の敷地を『神の槌』だけが所有していた。

 さらに北地区、東地区、南地区、中央地区にも支店がありカマドにいればどの地区でも『神の槌』ブランドを目にすることができる。

 そしてそのどれもが見習いの作品とはいうものの、鍛冶頭が認めた作品しか並ばないのだからその全てが一流品であり、周囲の店と比較しても大半が上位ランクの作品になっている。

 さらに役所が管理する商品もあるのだから、最大規模のクランはやることが派手だ。


 そのまま事務室に向かうと一人の眼鏡をかけた男性が机に積まれている書類とにらめっこしていた。


「ザリウスさん、今戻りました」

「おや、お疲れ様ですソニン様。ゾラ様から話は聞いていますよ。彼が例の少年ですね」


 柔らかい口調の男性は、その声音と同様の柔らかな笑みを浮かべてこちらへ顔を向けた。


「初めまして、私の名前はザリウス・ホームズです。こちらで事務全般を担当しております」

「ジン・コープスです、よろしくお願いします」


 差し出された手を握り返してから、役所で受け取った書類を差し出す。


「あの、これが役所で頂いたクラン加入に必要な書類です。……ゆっくりで、大丈夫ですよ?」

「んっ? あぁ、これはすまないね。この山は王都から戻ってきたゾラ様たちの経費書類なのです。普段はここまで多くはないので気にされないでください」

「……はぁ」


 先程にらめっこしていた書類が今日届いた書類と言うことは分かった。

 だが、そのさらに奥にも別の書類の山があるように見える……いや、ある。

 明らかにホームズさんの顔色も悪いように見えるのでやはり心配だ。

 だが、そこを何も知らない自分が指摘するのはいけない気もしたので素直に頷くにとどめた。


「確認が済んだら声を掛けますね。どちらかに向かわれますか?」

「そうですねぇ、ゾラ様に戻ったことを報告してきます」

「分かりました。では、私も後で向かいましょう」


 ホームズさんは席に戻って書類に目を通し始めた。

 それを見届けた僕はソニンさんと一緒にゾラさんの私室へと向かった。


 向かっている間にもすれ違う人たちから挨拶をされているソニンさんは、その全てに返事して軽く談笑をしている。

 別れ際にも笑顔で返している姿を見て、この人は人望が厚いのだと感じた。

 これだけの人が副棟梁をしているのだから、『神の槌』が最大クランと言われることを改めて実感してしまう。

 それと同時に他のクランはどういった感じなのかも少し気になってしまった。

 そんなやり取りの中、一人の少年が声を掛けてきた。


「お帰りなさい、副棟梁! ……って、お前誰?」

「こらカズチ、誰じゃありませんよ。新しく加入するコープスくんです。自己紹介しなさい」


 短い金髪をかっちり立たせた少年はこちらを上から下までしげしげと見つめてから口を開いた。


「俺の名前はカズチ・ディアンだ。副棟梁の下で錬成師見習いをしてる」

「僕はジン・コープスです。よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げると何故か怪訝そうな表情をされてしまった。

 この歳くらいの子供はそこまで礼儀正しくないのだろうか。


「そうだ副棟梁! 後で見せたいものが--」

「ごめんねカズチ。今はゾラ様の私室に向かっているの、また後で工房に向かうからその時にね」

「……分かり、ました」


 その顔ははっきりと落ち込んでしまった。

 そして、何故だか僕が睨まれてしまう。

 ……いやまぁ、間接的に言えば僕のせいだけど、不可抗力だよ?

 嫌な視線を背中に感じながら角を曲がったところで溜息をつく。


「……すみません、カズチはまだ子供なので」

「いえ、大丈夫です。彼も見習いなんですね」

「カズチは半年前にクランへ加入しました。当時は悪ガキと周囲から言われていたみたいですけど、話して見たら素直な良い子だったんですよ。ですから、コープスくんも仲良くしてあげてくださいね」


 うーん、あの様子だと仲良くできるか微妙なんだよねぇ。

 だけど、ここで生きていくには人間関係をより良くするのは必要なことだ。


「……努力します」


 今の僕にはその返事だけで精一杯だった。

 とりあえず話題を変えることを優先すべく、カズチとの短い会話の中で気になったことを聞いてみよう。


「鍛冶師以外の見習いもいるんですね」

「メインは鍛冶師が多いですが、錬成師も鍛冶をするには必要不可欠ですから。中には魔術師もいますよ」

「ま、魔術師ですか!」


 やっべー、テンション上がる!

 魔術師なんて言葉、本当にゲームの世界でしか聞かないから実際に耳にすると否応にも上がっちゃうよ!

 ……おぉっと、ソニンさんの視線が痛いよ、自重自重。


「でも、魔術師って鍛冶に必要なんですか?」

「特別な武具を作る時には魔術師の力が必須になるのですよ」

「あー、属性付きの剣とか鎧とかですか?」

「そんなところですね。でも、コープスくんにはまだ早いですよ。まずはスキルを確認してから鍛冶の基本を学びましょうね」

「はーい!」


 そうだった、スキルがあったね!

 書類もホームズさんに渡したし、無事に加入できたらスキルとのご対面だよ〜。


「さて、こちらがゾラ様の私室になります」


 三回ノックをすると、中からゾラさんの声で『はいよー』と返事が聞こえてきた。

 扉を開けたソニンさんに続いて僕も中へと足を進めた。

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