吉と出るか凶と出るか
凝視していて気づいたことがある。
「あれは、馬車かな?」
この体になってから驚いたことは他にもある。
今まさに実感しているのだが、非常に目が良いことだ。
コンタクトを付けていた俺だが、それでもあそこまで遠くのものを見つけることはできないだろう。
それにも関わらずまだ遠くにあるものが馬車だとあたりをつけることができた。
馬車の数は五台、前と後ろに二台ずつ、中央に一番大きな馬車という並びだ。
運が良かったのか、馬車はこちらに向かって進んで来ている。
御者もいるようでその見た目は明らかに人間だった。
「とりあえずは安心……かな?」
深呼吸を繰り返してどう話しかけようか考える。
今の喋り方では見た目とのギャップがあるかもしれない。何せ大人の喋り方なのだから。
ここは子供っぽく喋る必要があるだろう。
それに日本の知識があることも隠していた方がいいかもしれない。
俺の知識を悪用しようと考える輩だった場合、逃げられる可能性は限りなく低いのだから。
全く別の体、見たこともない景色、そして死んだはずの俺が感じているここでの現実感。
恐らく--いや、確実にこれはあれだろう。
「異世界転生、ってやつかもね」
そう、異世界転生だ。
それも生前の記憶をそのまま残した状態での異世界転生。
こういう場合によくあるのがチート能力なのだが、今の俺にはそう言った能力があるのかどうかも分からない。
何せこの世界の基準が全く分からないからだ。
魔法に特化した世界なのか、剣術に特化した世界なのか、日本と同じような形態を持つ世界なのか、はたまたそれ以外なのか。
内心では生産系に特化した世界なら最高なのにと思わずにはいられないが、それだけに特化した世界では何かと不便だろうし、ないんだろうなと達観してしまう。
せめて生産関係の職業につければ嬉しいんだけどなぁ。
そうこうしているうちに馬車がさらに近くまでやってきた。
あちらからもこちらを見つけたのか御者が首を傾げながら中の人物に声を掛けている。
--どうか吉であれ!
そんな俺の願いが届いたのか、中央の大きな馬車の中からひとりの男性が降りてきた。
「小僧、こんなところで何をしておる?」
身の丈が俺と同じくらいか、それよりも低いかもしれない筋骨隆々の男性だった。
ゲームの世界で言えばドワーフという種族に違いない。
「えぇっと、気づいたらここに立っていたんです」
「気づいたら立ってた? 何を言っとるんじゃ」
……仰る通りです。
「でも、あの、その通りなのでなんと言えばいいのか」
困ったぞ、嘘はついていないが嘘に聞こえているみたいだ。
俺がドワーフ側だったら……うん、嘘に聞こえるよねー。
「まぁまぁゾラ様、子供相手にそんな言い方はいけませんよ」
続いて同じ馬車から出てきたのは長身痩躯の大人の女性だった。
この人は普通の人みたいだ。
「む、別にいじめているわけではないんだがのぅ」
「厳しい顔しながらじゃあ、いじめてなくてもいじめているように見えてしまいますよ」
「そんなもんか?」
「そんなもんです」
そして、ドワーフの扱いに慣れている。
「失礼しました。私はゾラ様のクランの副棟梁を務めさせていただいているソニン・ケヒートと申します」
「儂は棟梁のゾラ・ゴブニュじゃ」
棟梁に、副棟梁。
ふふふっ、何やら生産系の匂いがしてきたぞ。
「……ソニンよ、こやつは何故自己紹介でにやにやしているのだ?」
「……えぇっと、分かりませんね」
……おっと、自然とにやけてしまったみたいだ。
自重、自重。
「す、すいません。僕の名前は……あー、ジンです! ジン・コープスと言います!」
とっさに出てきた名前はジン・コープス。
この名前は俺がゲームをする時によく使う名前だ。
意味はないが、何となく響きが気に入っている。
「ジンと言うのか。してジンよ、お主気づいたらここに立っていたと言っておったが、記憶でも失っておるのか?」
いえ、記憶ははっきりしております。
むしろ、前世の記憶から残っております。
「そ、そうみたい、です?」
「いや、儂に聞かれても分からんわい」
「……ごもっとも」
「なんじゃ、変な言葉を使う小僧じゃのう」
そうか、小僧って言うことは俺の見た目はやっぱり子供らしい。
子供がごもっとも、なんて使わないよなー。
言葉使いって意外に難しいものだ。
「ゾラ様、子供を一人でこのようなところに置いておくのは可哀想です」
「だがなぁソニン、もし親が迎えに来る予定であれば子供がいなくなっていると焦るのではないか?」
「それは、そうですが……」
うーんと大の大人が二人で考えている姿に苦笑しながら、俺は何となく確信を持っていた。
「あのー、多分誰も来ないと思います」
「むっ? 何故そう言い切れる?」
「何となく。としか言えないんですけど、僕は一人なんだと確信できると言いますか、なんと言いますか」
うまく言葉にできない自分に首を傾げながら、それでもなんとか伝えようとする。
顔を見合わせていた棟梁と副棟梁に気持ちが通じたのか、一つ頷いてこちらに向き直った。
「それならば儂らのクランに連れて行ってやろう」
「クラン?」
「そうじゃ。儂らの本拠地はここから南にある産業都市カマド、そこの最大クランが儂らの『神の槌』なんじゃよ」
産業都市! なんて素晴らしい響きなんだ!
「是非連れて行ってください!」
二つ返事で俺……もとい、僕は答えてゾラさんとソニンさんについて行くことにした。
……良い人たちでよかった。
……吉は吉でも、大吉だよ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます