Chapter Six

「昨日の夜から雲が出てきたと思っていましたが、とうとう雨が降り出しました」

「日記が濡れてしまうんじゃないかい?」

 声が心配そうに尋ねます。お姫さまはかぶりを振りました。

「いいえ。雨が吹き込んでくることはないのです」

「そうか、それは安心だ」

「安心、ですか? わたしは少し寂しいです。きっと雨は、わたしに会うのが嫌なのです」

「どうして?」

 声はびっくりした様子です。

「だって、わたしに会いたいと思うひとは、ひとりもいないんですもの。いちばんわたしを気に掛けてくれるのは星ですが、星も、気の毒そうに見下ろすばかりで」

「雨はね、君に会いたくないんじゃないんだ。ただ、君の世界を汚したり、君に寒い思いをさせたりしたくないんだよ」

「本当に、そうでしょうか」

 お姫さまは、恐るおそる訊きました。

「もちろん」

 声は揺るぎなく答えました。お姫さまは自分のひざを抱きしめて、心底嬉しそうに微笑みました。じんわりと、身体の奥が温かくなりました。



「空が橙色になってきました。そろそろ今日も終わりです」

「時が流れるのは、ずいぶんゆっくりだな」

「そうですか? わたしにはあっという間です。……あなたが来てから」

 声は笑いました。

「そりゃあ、独りぼっちと比べれば、違うだろうね。話し相手がいるっていうのは」

「違います、それだけじゃなくて」

「どう違うんだい?」

 お姫さまは口をとがらせましたが、どうしてそんな表情をしたのか、自分でもよくわかりませんでした。

「違うものは違うのです」

 駄々をこねるように言います。声は、不思議そうにしています。

 窓から視線を落としたお姫さまは、見慣れない物を見つけました。

 暖炉の上に、一人の人形が座っているのです。

「何でしょう……?」

 お姫さまは暖炉に近寄ると、人形を抱き上げました。両腕にしっくりくる重さです。

「どうしたんだい?」

 声が尋ねました。何故なのかはわかりません。お姫さまは思わず、こう答えていました。

「いえ、何でもありません」

 言いながら、ぎゅっと人形を抱きしめました。胸の奥がざわついていました。



 夜。お姫さまは暖炉の炎を頼りに、人形を見つめます。人形は、ガラスの瞳でお姫さまを見つめ返します。

 まるで、かつてのお姫さまのような瞳で。

 どこも、おかしなところはありません。飴色の髪が腰まで波打ち、かわいらしいドレスを纏った人形です。

 それでも、何かが引っ掛かるのです。

 お姫さまは怖くなって、人形を暖炉の上に戻しました。

(目を逸らした隙に、いなくなってくれればいいのに)

 お姫さまはそう願いましたが、人形は空ろな眼差しで、お姫さまを見つめつづけます。

 結局どうにも気になってしまい、お姫さまは、眠ることができませんでした。

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