Chapter Four
ある日のことです。
お姫さまはいつものように、本棚と本棚の狭間にもたれて、空を見上げていました。雲一つない、よく晴れた日でした。
お姫さまが空を見上げたまままどろんでいると、聞いたことのない音が聞こえてきたのです。
こつ、こつ、こつ、と、規則正しい高い音が、どこかずっと遠くの方で響いています。
お姫さまは、さっと目を覚ましました。これはいったい、どういうことなのでしょう。
心臓の音が急に大きく聞こえてきます。高鳴る胸を無意識のうちにぎゅっと押さえて、お姫さまは壁の穴に耳を当てました。
たしかに、たしかに聞こえてきます。
(これは……足音?)
音が少しずつ大きくなってきました。たまに、一休み、とでも言うように止まりながら、音は、すぐそばまでやってきました。
音のリズムが変わります。
「ここで行き止まりか」
それは、初めて聞く音――誰かの声でした。
お姫さまは、思わず声を上げました。
「誰か、いるんですか?」
それは、壁の向こうにも届くようにと、大きな声ではありましたが、今にも消え入りそうに震えていました。
壁の向こうは、急に静まりかえりました。お姫さまは泣きそうな顔で、必死に耳を澄ませます。
ずいぶんと、長い時間が経った気がしました。
「誰か、いるのか?」
声は、お姫さまと同じ言葉を返してきました。
お姫さまの瞳から、ドレスの飾り玉のように透明な雫が、ぱたぱたと零れ落ちました。
「はい」
「僕は、いいって言われるまで、この塔のてっぺんで待っていなきゃならないんだ」
「そうなんですか」
「君は? 君はいつからここにいるの?」
「ごめんなさい。わかりません」
しばらく間が空きました。
「君はここで、何をしているの?」
「日記を、書いています」
お姫さまは部屋の中の様子を、たどたどしく説明しました。声はうんうんと相槌を打ちながら、優しく聴いてくれました。
「あなたは、どんなところにいるのですか」
「こっち? こっちには何もないよ」
声は、それしか言いませんでした。
星がまた、部屋の中を覗きこんできました。
「そろそろ夜になったかい?」
「はい。星が、今日はいちだんと大勢います」
「そうか。じゃあ、そろそろ寝るとしよう。おやすみ」
「『おやすみ』? それはどのような意味でしょう」
「あなたがぐっすり眠れますように、ってこと。寝る前には、こう言うんだ」
「そうなのですか。では、おやすみなさいませ」
「うん、おやすみ」
おやすみと言われたからには、眠らなければなりません。でも、どうしてでしょう。とても眠る気にはなれないのです。
揺れる暖炉の炎に照らされて、お姫さまは飛ぶようにペンを動かしました。初めて、ページを埋めることを、易しいと思いました。
それからお姫さまは、弾んだ声で、小さく歌を歌いました。相変わらず、鼓動は大きいままでした。
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