三、それた道
翌日、呪いの紙を持って魔法協会に向かった。誰かに届けさせても良かったのだが、検査結果をすぐ知りたかったので、届けついでに教えてもらうつもりだった。
協会は古びた威厳のある建物で、古代の城を改造していた。一部が丘に食い込んだようになっており、地上部分より地下の方が広大という噂だった。
受付で手続きを取ると、ドモンが迎えに出てきた。
「ようこそ。早速ですが、ご依頼の検査を行います。こちらへどうぞ」
検査室には前に見たような精密検査用の機器が並んでいた。そのうちの一台を作動させると、小さいが耳障りな音がした。ドモンは呪いの紙を機器の下に滑り込ませ、何やら調節をしながら呪文を唱え始めた。
しばらくするとドモンは顔を上げ、機器を止めた。紙をこちらに返しながら言う。
「終わりました。何も隠されていません。未熟さの裏に何かあるのかと思いましたが、ただの素人の呪いです」
「すると、西地区のもぐりでしょうか」
「でしょうね。この呪いは確実性に欠けます。これを置いたベッドで一晩寝たとして一割、新月の夜でもやっと三割と言ったところでしょうか」
「しかも、解呪している」
「そうです。発動は事件の二日ほど前、解呪はその当夜です。何のつもりやら。捜査官ならわかりますか」
首を振った。それから、断られて元々だと思って誘ってみた。
「ドモンさん、西地区にご一緒していただけますか」
「私がですか」
「はい。もぐりを放置できないと仰っていたので。それと、相手が魔法を使う可能性があるのであれば専門家にいて頂きたい」
「わかりました。助手は必要ですか」
「不要です。人数が多いとそれだけで目立ちます。それと、もっと目立たない服はお持ちですか。できれば薄汚れたのがいいんですが」
ドモンは怪訝な顔をした。
「西地区で目を引くのは避けたい。その協会丸出しの服はいけません。警察に寄ってください。私のをお貸しします。多少合わなくて不格好になっても構いません」
「これから、ですか」
「これからです。捜査にご協力いただけるのでしょう? 警察のやり方は速度がすべてです。こうしている間にも事態が変わっていくかも知れません。高飛びされたら手がかりを一つ失います」
目を丸くしているドモンを引っ張り、警察で着替えさせた。杖も置いていかせる。不安そうな顔をしていたが、乗合馬車を降りる頃には肝を据えたようだった。
「これから西地区に入ります。情報屋に探りをいれますが、あなたは後ろで黙っていてください。何かあったら合図を。それと、きょろきょろしないで。何もかも分かっている風でいてください」
いつもの情報屋を捕まえる。違法な堕胎の横行について調査していると言い、もぐりの魔法使いの情報を仕入れた。
「それなら、藪医者を何人か知ってます」
「魔法を使える奴か」
「なんで?」
「薬や手術でなく、まじないを使う奴がいるらしい。それで薬の流れをたどっても浮かんでこない」
「ああ、ならこいつだ」
情報屋は新聞の余白に地図を書いた。Dr.メレー。
「ドクター?」
「自称ですよ」
私は賭博投票用紙と金を渡した。
「受け取れねえ。十分もらってますよ。旦那は勘が良すぎる。本気でこっちに来ればいいのに。賭け屋になったら大儲けだ」
「いつかそうさせてもらうよ。じゃ」
金だけ取り戻してそこを去った。ドモンは驚いた顔でついてくる。
「あんなことを……」
「あれも捜査です。綺麗事では事件は解決しません」
教えられた住所は近くだったが、わざとあちらこちらを遠回りし、尾行されていないのを確かめてからそこへ行った。
「ここのようです。三階。どうですか。防御魔法か何かありそうですか」
「はい。感じます。しかし、非常に未熟だ。見習い以下ですね。素質はあるのにもったいない」
「いますか」
「います。実験をしているようです。下手な呪文の唱え方だ」
「踏み込みましょう。罠があったら無効化してください」
三階のDr.メレーの部屋に踏み込むと、薬を調合していた。逃げようとしたが、ドモンが身振りをして呪文を唱えるとおとなしくなった。
「なんだ。ここは私の家だぞ。失敬な」
「Dr.メレーだな。警察だ」
身分証を見せた。そいつは私の後ろを見た。
「こちらは専門家だ。紹介はしないが、魔法的な抵抗をしても無駄だぞ」
「分かるよ。協会のお坊ちゃんだな」
「黙れ。見え透いた挑発をするな。私の質問にだけ答えろ。その後裁判だ」
Dr.メレーは年齢のよくわからない男だった。まだ若さを残しているようであり、初老のようにも見えた。ここの生活が影響している顔だった。
「最近、どんな呪いを作った?」
「旦那は分かってらっしゃるんでしょう? あたしがやるのはまじない。堕胎ですよ。これだって正義だ。事情のあるご婦人を助けて差し上げてるんだから」
「もちろん。よく分かっている。堕胎だけじゃないな。血の巡りなんかはどうだ」
メレーの顔から表情が消えた。
「知りませんね」
ドモンが肩をつついた。
「机の引き出し。用紙とインクがあります」
メレーが笑い出す。
「さすがですな。優秀な犬はなんでも嗅ぎつける」
「繰り返すが、くだらん挑発はやめろ。感情を乱して隙を作ろうとしているようだが、我々は素人じゃない。むしろお前が素人だろ。道をそれた」
「うるさい」
机を叩いたが、そのままうなだれてしまった。引き出しを開ける。私は用紙とインクを証拠品用封筒に入れた。
「注文主は誰だ?」
「知りません。これは本当ですよ。ここの若いのが使いをして、どこかへ持っていきました。誰から誰へ渡ったのか、そんなのわかりません」
使いの名とよくいる場所を聞き出した。
「よし、三分やる。着替えだけまとめろ。おかしなことはするなよ」
ドモンがまた肩をつついてきた。
「どうしました?」
「一つだけ。私も聞いていいですか」
「どうぞ。しかし、挑発されても構わないでくださいよ」
ドモンはうなずき、鞄に下着を詰めているメレーに向かって言った。
「なぜ、道をそれた。お前も一度は魔法の道を歩もうと決めたのだろう? 真理の探求より、怪しげな薬や呪いを作るなんて、なぜだ」
メレーは一度顔を上げ、また下を向いた。それから警察まで、なにも喋らなかった。
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