二、新月

 カノウ捜査部長が書類をめくっていた。魔法協会の紋章が透けて見えている。そこから目を上げ、私の方を見て手招きした。


「協会の協力を仰ぐことになった。精密検査の必要な証拠品は持ち出していいぞ」

「はい。では、例の呪いの紙を見てもらいます」

 部長は頷いた。

「事件のあった夜の状況は?」

「夫人は自分の寝室です。アトウ氏と同じく二階です。お互いの仕事の都合で寝室は分けていたとのことです。執事と召使い六人は一階のそれぞれの部屋。ミヤマ氏以外は男三人、女三人が同室。昨夜の見回りは十一時が最後。戸締まりはきちんとしたと言っています」

「窓は?」

「アトウ氏の寝室の窓が開いていました。しかし、窓枠や下の地面には足跡はありませんでした」


 その時、二級捜査官が来て、部長の後ろの黒板を書き換えた。


「おい、それは?」

 呼び止めて報告させた。

「召使いが一人、暇を出されていました。実家へ帰ったとのことです。モリエという一番若い女です。二十一歳」

「いつ?」

「日の出前に家を出ています。事件がまだ発覚していない時ですね」

「昨日は新月だったからな」

 部長が口を挟んだ。契約更新されなかった召使いが新月の次の朝、日の出前に家を出されるのは慣習どおりで不自然ではない。しかし、なんとなく引っかかった。

「誰か行ってるのか」

「はい。一人向かわせています」

「よし」

 頷くと、捜査官は自分の机に戻った。


「どう思う?」

 コーヒーを飲みながら部長が言った。

「動機がわかりません」

「アトウ氏は貴族院議員だし、理由なんかいくらでもあるんじゃないか」

「ありすぎるとも言えますし、あんな殺し方をするほどか、とも言えます。洗練さに欠けています。暗殺とは思えませんが」

「あるいは、そう思わせたいのか。それと、呪いだな」

「ええ、素人くさい呪いです。しかも解呪されていた。何のつもりでしょうね」

「それを調べるのがお前の仕事だろう。靴をすり減らせ」

「靴代も経費認めてください」

 部長は頭を振って別の書類に目を落とした。大誓約庁の紋章が見えた。

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