第三話 月の無い夜

一、呪い

 警官たちは皆困っていた。記録が済んで二人の遺体には毛布がかけられたが、魔法協会が遅れているため運び出せない。何か手違いがあったとかで簡易検査も済んでいなかった。


「到着しました」

「急がせろ」


 ついそう告げた者に当たってしまう。黒服の男が入室し、自己紹介も遅れた詫びも言わず、表情も変えずに杖をかざして調査を始めた。


 私は壁にもたれて状況を整理する。朝日が差し込んでいるが、暖かみは感じられない。


 血液の乾き具合からして深夜の犯行だろう。被害者の一人はこのアトウ家の当主。男性。四十五歳。貴族院議員。胸を正面から数回刺されていた。寝ていたベッドは血まみれで、どこからか入ってきた蠅が飛び回っている。見かねた若い警官が追い払っていたが、協会の男に睨まれて隅に引っ込んでしまった。

 もう一人は執事のミヤマ氏。男性。六十九歳。今年七十。ベッドのそばの床にうつ伏せに寝転がった状態で発見された。背中から一突きだった。

 凶器と思われる包丁は赤錆色に染まって放り出されていた。


 ベッドの周り以外はそれほど乱れていない。別室の夫人も階下の使用人たちも朝まで気付かなかったのだから、静かな犯行だったのだろう。

 一方、アトウ氏の刺され方には殺害への強い意志が伺われる。怨恨だろうか。だが、暴れた様子はない。

 また、ミヤマ氏がなぜここにいて被害にあったのかわからない。犯人と出くわし、逃げようとしたところを刺されたとすると、声一つ立てていないのが不思議だ。

 私は寝室を見回し、昨夜起きたことを時系列で再構成しようとしたが上手くいかなかった。犯人は一人なのか複数なのかも見当がつかない。


「終わりました。魔法または霊力は検知されませんでした」

「ありがとうございます」

 礼を言って警官に送らせようとしたが、協会の男は首を振ってこちらに一歩近づいた。

「しかし、不審なものがベッドの下にあるのを捉えました。確認願います」

 警官に探らせると、手のひら二つ分ほどの直径の丸い紙が出てきた。細かい模様が赤と黒のインクで描かれている。中央が少し破かれていた。

「これは?」

「呪いですが、解呪されています。無効なものです」

「どういった呪いですか」

「寝ている間に血の巡りを止めてしまう呪いです。ただ……」

 紙を見ながら妙な顔をしている。

「……ただ、非常に未熟です。素人ではありませんが、まともな訓練は受けていないのでしょう。我流ですね」

「もぐり、ですか」

「かもしれません。この件、魔法は関係していませんが、捜査に協力します。協会に属さない無法者がこのような術を操っているのは放置できません」

「わかりました。それでは書類をお願いします」

 そう言いながら手を出した。


「ハラです。よろしくお願いします」

「ドモンです。こちらこそ」

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