四、心の対決

 翌日午後、実験場に行った。魔法協会には昨夜のうちに手紙を送っておいた。無理を承知で精密測定機器を持ってきてもらうよう書いた。


 トミタと共に観測籠に入る。密閉する様子を見たいと依頼していたので、説明しながらあちこちを閉じていく。通信旗の操作桿に近づいた所で話を遮った。


「説明の途中で済みませんが、確認させてください」

 トミタは口を閉じ、こちらに向き直った。私より背は高いが痩せている。しかし貧弱な体型ではなく、筋肉質で締まっている印象だった。

「密閉時、マスダ氏はどのような感じでしたか」

「いつもと同じでした。まあ軽く緊張はしていたでしょうが。実験なので」

「つまり、あなたが密閉を終え、ここから出た時はまだ生きておられたということですね」

 一瞬、目が泳いだ。私は確信した。しかし、機会を与えてやろう。わざわざ密室で二人きりになったのはそのつもりだ。

「マスダ氏とあなたとの関係は承知しています。どうかここであったことを正直に話してください」

 こちらを見たまま黙っている。

「玩具店と見習いには聞いてあります。紙吹雪と糸なし操りのまじないを購入し、あなたに渡しています。紙吹雪は使用されました。糸なし操りはどうなりましたか」

「覚えていません。あんな事件があったので。実験が終わった後の飲み会で使うつもりでした。余興です」

「まだ使っていないということですか。では、まじないの符を見せて頂くことは可能ですか」

「さあ、どこへやってしまったものか。もう使わないだろうと思って整理したかもしれません」

「整理?」

「辞めるんです、来月。田舎へ引っ込みます。この仕事、向いていなかったんでしょうね」

 寂しそうに笑った。

「トミタさん。実は魔法協会を呼んであります。特別に精密検査をしてもらう予定です。この程度の力では普通は行いませんが」

 私は操作桿を指さした。

「それは大変軽いそうですね。指先でも動かせる程度でしょう?」

 手が細かく震えている。

「今なら間に合います。自首とみなされます」

 外で話し声がした。ノジリの声だった。閉じかけでそのままになっていた観測窓から黒い服が見えた。私が横目で見たのをトミタも見た。

「すべてお話します」


 しばらく告白を聞いた後、籠を出て警察官にトミタを引き渡した。馬車が去っていくのを見送る。

 入れ替わりにノジリが乗り込んだ。だいたいの事情は察しているようだった。真鍮の管が渦を巻き、かちかちぶんぶん唸る測定機を運び込む時、揺れる銀髪の向こうからトミタを睨んでいた。

「自白しました。測定お願いします。証拠として扱われますので」

「人殺しなんて。恐ろしい」

 正常な感覚だな、と私は思った。犯人には犯人なりの事情があるのかもしれないが、殺人を正当化する理由などない。不意に人生を終わらせられた被害者を思えば、犯人には法の裁きを与えねばならない。


「なにか手伝えることは?」

 後ろ姿に声をかける。ノジリは測定機を調整しながら振り返らずに首を振った。それはそうだ。素人にできることなどない。できないとわかっているのに手伝おうかと言ってしまった。挨拶のようなものだろう。


「武装妖精の件はどうなりました? 行方不明の原因はつかめましたか」

 耳と首が赤くなった。やはりこちらを見ない。

「私のせいです。呪文を間違えていて、抜け出せるくらいの隙間があったようです。お騒がせしました」

 最後の方は消え入らんばかりの声だった。

「こんなことを言う立場ではありませんが、あまりお気になさらないように。捜査には影響を与えておりません」

「ありがとうございます」


 測定が終わり、操作桿からは糸なし操りのまじないが検出された。消散しかかっていたが、台帳から控えたのと同じ製造番号が読み取れた。


「あのう、ひとついいですか」

 ノジリが測定機を片付けながら言い、私は頷いた。

「レディとお知り合いなんですか」

「ええ、ある事件で関わるようになって、それからです。実は解決の糸口を頂きました」

「どんな方ですか」

「不思議な方ですね。若くて年寄りで、親しげでありながら畏れを感じさせます。それに、異質な心をお持ちです」

「ドラゴン、ですからね」

「そうです。でも、異質といっても心です。レディには心があります。それは確信しています。決して心ない怪物ではない」

「ドラゴンについて様々な文献を読みましたが、そんな評価は初めて聞きました。面白いですね」

 微笑むノジリは少女のようだった。一瞬、歳がわからなくなった。

「では、失礼します」

 工場の外まで見送った。影が長くなる時刻だが、まだ暖かい空気が残っていた。春だった。


第二話 了

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