二、外部協力者
「断ったよ。容疑があるからじゃない。魔法が関わっている可能性はないだろう。武装妖精も変異はないという報告だし」
カノウ捜査部長は状況を記した黒板を背にして言い、私も頷いた。
「武装妖精の行方不明と本件は無関係と見ていいでしょうね。しかし、微量で性質が異なるとは言え、物理的でない力が検出されています。はっきりさせておいたほうがいいでしょう」
「それは実験開始時の景気づけという結論じゃなかったのか。紙吹雪だろ?」
「魔法協会の調査では籠内部から検出されています。三ページ目です」
部長は報告書をめくった。
「技術者はなんと言ってる? これについて」
「覚えがないそうです。記録にもありませんでした。防水や保温には魔法を用いない設計とのことです」
「水素式の新型気球か。高空からの観測に用いる、と」
「そうです。測量や、資源、遺跡の探査に使うそうです」
気球の構造と利用目的について説明したが、聞いているようないないような感じでページをめくっている。私はコーヒーを飲んだ。
「死亡したのはどのあたりだろうな。それに、凶器は?」
「観測籠に乗り込んで搭乗口が密閉された後、通信用の旗で上昇の合図を送っています。予定高度に達してからの合図が無かったので、それまでの四十分の間でしょう。しかし、凶器は不明です。籠からの落下物は確認されていません」
「降下してからは? 誰かが何か持ち出してはいないか」
「そこは不明ですね。状況からしてやむを得ませんが。籠を開けたのは工員二人、中の様子に気づいて周囲の技術者や工員全員が集まり、被害者を運び出しています。もし犯人がいたとすれば、混乱の中、凶器はどうにでもできたでしょう」
部長は顔をしかめた。
「証言だと、血を流して倒れていただけで、刺さっているものはなかったということだな」
「その通りですが、そういう状況での証言はあまり……」
「手がかりはないのか。どうする?」
「一つだけあります。それをたどります」
「協会と組むのは許可しないぞ。これは決定事項だ。特に証言を得るために魔法を使ったら降格だ。脅しじゃないからな」
「わかっています。あくまで外部協力者として個人的に意見を聞くだけです」
「心当たりはあるのか」
私はカップの底に残ったコーヒーをすすりながら頷いた。部長は初めて表情をゆるめた。
その日のうちに使いを送り、翌日、気球実験場近くの下町で落ち合った。ノジリは私と同じく私服だった。
「まじないを調べるのですか」
腑に落ちないという顔をしている。
「そうです。小さいことかもしれませんが、辻褄の合わない点があると報告書を受け取ってくれません。細かいんです。上は」
おどけて言うとノジリは微笑んだ。
商店の建ち並ぶ通りを歩き、技術者から聞いた玩具店を探した。宴会や実験開始時に使う紙吹雪をよく買っている店ということだった。
店員に用件を告げると店長が出てきた。太った愛想が良さそうな老婦人だった。身分証を見せ、事件の前に購入したまじないについて聞いた。
「はい、紙吹雪と手品のおまじないを買っていかれました。若い方で、多分見習いさんでしょうね」
ノジリは後ろで店内を見回している。魔法協会の者からすれば、ここにおいてあるまじないなどあくびが出るような品ばかりだろう。
「手品とは、どのような?」
店長は台帳を取り出して調べた。
「ああ、操り人形まじないですね。糸なし操り。符をかざしておまじないを唱えると勝手に人形が動き出すやつですよ。ご存知でしょ?」
私は頷き、念の為台帳の該当部分を書き写した。懐かしい気がした。子供の頃、幽霊の人形で女の子を脅かして叱られたことがある。
礼を言って店を出た。ノジリは何も言わずについてくる。春の陽気が背中を暖める。
「ちょっと寄っていきましょうか」
喫茶店を指さし、店外のテーブルに座った。私はコーヒー、ノジリはホットミルクを注文した。
「どう思われますか」
店員が去ってから聞いた。
「操り人形程度のまじないであのような刺し傷を作るのは不可能です。それに、そもそも凶器は発見されていないんですよね」
銀髪が風に揺れている。
「動機のある人はいないんですか。恨みとか」
「まるで捜査官みたいですね。もちろんいます。と、言うか、人間、ある程度歳を取れば殺したい奴の一人や二人出てくるものです。でも、ほとんどの人はうまく心の折り合いをつけるんです。それが社会だと思います」
私は話をそらそうとしたが、ノジリは真っ直ぐ聞いてきた。
「マスダ氏の場合は?」
注文した品が届き、話が途切れた。私は砂糖とクリームを入れてかき混ぜながら、話をして良いものか迷ったが、コーヒーを一口飲んで心を決めた。
「ノジリさん。手紙に書いた通り、私はあなたを外部協力者とします。だから捜査で浮かび上がってきた容疑者について話しますが、秘密は守れますか」
ノジリは頷いた。
「声に出して下さい。拘束力を持つ形で」
「捜査上の秘密につき、他に漏らさないと誓います」
さすが魔法協会員だった。『誓います』の声調は完璧で、拘束力が発生した。
「一人います。トミタという技術者で、マスダ氏の同期です。しかし、地位は二階級下です。二人は気球について研究していましたが、マスダ氏が気嚢の密閉性を高める新素材を開発しました。水素が漏れず、引火しにくいものです」
甘すぎる。砂糖を入れすぎてしまった。
「ただ、どうやら実際の開発者はトミタのようなのです。証拠はありませんが、出し抜かれた、というのでしょうか。裏でかなりややこしい事になったようですが、表面上は和解し、マスダ氏が昇進しました。捜査官がすぐ嗅ぎつけたくらい良く知られてた話でした」
「事件の時は何をしていたんですか?」
「地上班です。籠の密閉担当でした。他の捜査官が行動を追いましたが、四十分の間ずっと班員といて一人になった瞬間はありませんでした」
「そうなんですか」
「とは言っても、それは多数の人々の証言を継ぎ合わせたものに過ぎません。正確には一人でいた時間は無視できるほどわずか、というくらいでしょう」
「それに、刺されたのは気球の上昇中ですよね。武装妖精ならあり得ます。密閉されていても物理的な壁など無いも同然ですし」
ノジリはそう言うと下を向いてしまった。
「現状はどうですか。変異は確認されましたか」
「いいえ。変異体ではありません。もしそうだとすれば、協会の検査をすべてすり抜ける変異ということになります」
「なら、それは脇においておきましょう」
顔を上げ、私を見た。続けて言う。
「まだ見逃しがある。死角に隠れた何かです。視点を変えれば見えるかもしれない」
目を合わせたままコーヒーを飲んだ。わずかに焦げ臭い。
「あの、ハラ上級捜査官でしょうか」
角から警察官が現れ、そう言いながら小走りに近寄ってきた。そちらに向かって頷く。その若い男はノジリを見てあわてたように言う。
「済みません。公務中とのことでしたが……」
「公務だよ。こちらは魔法協会の方。外部協力者だ」
ノジリが会釈する。警察官は恐縮しながら手紙を差し出した。
「カノウ捜査部長からです。内容は聞いておりません」
受け取りを書くと大げさに敬礼して去っていった。ノジリに目で謝って開封する。
「申し訳ありません。ここで別れましょう。急な呼び出しです。また連絡します」
テーブルに代金と心付けを置いた。
「レディです。ドラゴン・レディ」
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