三、トサ教授
帰宅し、眠りについてすぐだった。呼び鈴の音で目を覚ました。鳴らし続けている。
「トサ教授が殺害されました。帝国大学です。お送りします」
若い警官が降り始めた雨の中、玄関で敬礼していた。着替える間待ってもらい、警察の馬車に乗って大学に向かった。
「後頭部を鈍器で。一時過ぎに発見されました」
事件現場は研究室で、覆いをかけられたトサ教授が運び出されていくところだった。夜中だというのに学内は騒然としている。無理もない。その場で一番上の警官に状況を聞いた。
「発見者は?」
「学生です。部屋の明かりがついていたので質問に訪れたそうです」
「生きているところを最後に見たのは?」
「給仕です。十時から十二時にかけてランプの油の補給に回っていますが、トサ教授のは十一時半頃だったと言っています。その時は研究室で仕事をしていたとのことです」
「魔法は?」
「簡易検査では検出されておりません。朝に本格的な調査が入ります」
「なくなっているものはあるか」
「現在調査中です」
「分かった。続けてくれ」
敬礼に答礼して現場を見回す。部屋の様子が性格を表すならば、トサ教授はケルトン教授の対極にありそうだった。だが、ゴミ置き場のような乱れ方ではなく、部屋の主にとっては整理整頓されているのだろうなとわかる雑然さだった。多分、トサ教授も一流の学者だったのだろう。
「大変だな」
「部長。現場にようこそ」
「からかうな。どう思う? 同一犯か、別口か」
「まだ判断材料が足りません。殺害手段が同じ。ふたりとも帝国大学教授でドラゴンの専門家。二夜連続で発生していること。同一犯と思えますが、第一の殺人に影響を受けた別の犯行かもしれない」
カノウ捜査部長は顔をしかめた。
「二人だ。二人だぞ。すぐに犯人を捕まえるんだ」
「ケルトン教授と同じく、動機が不明です。この事件は、だれ、を追うよりも、なぜ、を追わないと解決しそうにない気がします」
「どっちでもいい。犯人を捕まえてなぜやったって聞いてもいいし、動機から犯人を絞り込んでもいい。それはまかせる」
他の捜査官が操作範囲を拡げるよう指示している。凶器を探せと言っていた。ケルトン教授の時のも発見されていない。
周囲が明るくなってきた。魔法協会の男が到着した。私を含め、全員が道を譲る。黒い服に長い杖を持っている。自己紹介もせず、会釈もせず、杖を頭上にかざすと呪文を唱え始めた。
日が昇りきった頃、その男は首を振り、カノウ捜査部長に魔法や霊力は検出されなかったと告げた。
「失礼します。協会は本件への捜査協力は行いません」
それだけ言って帰っていった。
入れ違いに警官が小走りで来て、部長に手紙を渡した。目を通すと私を呼んだ。
「申請が通った。すぐ行ってこい」
「しかし、ここの初期調査がまだ」
「後はこっちでやる。レディを待たせるな。経費は持つから特急で行け」
私はいったん警察に寄り、論文下書きの焼け残りを持って駅に向かった。警察の捜査ということで順番を飛ばして割り込み、今出るところだった特急馬車に飛び乗る。
軌条に車輪がはまる音がしたかと思うと揺れが収まり、速度が上がった。馬四頭で私一人を引っ張っている。御者に急ぎであると伝え、心付けをはずんで車軸の限界まで走らせた。部長の言うとおりだ。レディを待たせてはいけない。
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