第3話 黒い霧

 食後、また外に出てみた。陽はすっかり沈んでいて、空には星が数え切れぬほど輝いていた。私の住まいからは星はほとんど見えない。夜間にも篝火が焚かれカーテンを引かねば窓の外は煌々と明るい。

 天文学の講義で聞いた星の伝説を思い出す。


「何を見ているんですか?」


 カレンが隣に来て私の視線を追い、空を見上げた。


「星だ。あまりにも美しい」


「星が、珍しいんですか?」


「ああ、私のところでは、なかなか見ることが出来ないのだ」


 カレンは、ほうっとため息を吐いた。


「都会はやっぱり、こことは違うんですね」


「カレン、君は都会に行きたいと思うか?」


 しばらくの沈黙の後、カレンは首を振った。


「私は星が見えない場所で生きていけないように思います」


「そうか」


 予想はしていた返事だ。だが、実際に聞くと、暗い気持ちに陥りそうになる。わざと明るい声を出す。カレンを困らせないように。


「明日には出立しようと思う。仲間と合流する予定なのだ」


「アラン様、お帰りになるんですね。お城へ」


 驚いてカレンの顔を見るが、カレンは落ち着いた表情で、未だ星空を見つめていた。


「気づいていたのか」


 くすり、とカレンは笑う。


「お気づきになりませんでしたか? 森に入る時はいつも、お城の兵士が護衛についていたこと」


 呆気に取られてカレンを見つめる。護衛の兵士は斥候役を務める腕の立つもののはずだ。一介の村娘に見抜かれるなどということはない……。


「カレン。君は何者なんだ」


 カレンの瞳に私が映る。まるで深い森の奥に人知れず湧いた泉のように、カレンの瞳は澄んでいる。


「私は……」


「王子! お逃げください!」


 突然、大声で呼ばわれ、驚いてそちらを見やる。山の方から兵士が駆け下りてきていた。山は真っ黒な霧に覆われ、それが徐々に村目がけて這い寄ってきている。


「妖魔が襲って来ます!」


 霧は村の境界線に敷いてある魔除けの敷石を砕いていく。あり得ない。固く結ばれた結界が、あっという間に破壊された。

 黒い霧の侵攻は速度を増し、雪崩のように押し寄せる。


「うわああ!」


 兵士が霧に飲み込まれ、叫び声だけを残して消えた。


「逃げろ、カレン!」


 懐から短剣を取り出し構える。妖魔相手にどこまで通用するかわからない。だが、黙ってこの村を蹂躙させるわけにはいかない。


「私も戦います!」


「何を言う! 女手で何が出来ると言うのだ」


 カレンは家に駆けこんだ。と思うと、一本の箒を手に駆けだしてきた。箒を両手で強く握り、道端の岩に、思い切り打ち付けた。

 割れた箒の中から、純白のロッドが現れた。白銀のごとく輝き、星を集めたように輝く水晶が埋め込まれている。柄には古代の魔法語が刻み込まれ―――。


「魔の乙女……」


 伝説の中にしか存在しないはずの、妖魔を退ける戦陣の乙女。


「宣告する!」


 カレンの声が闇を震わせ、霧を払う。


「この血により、下がれ、妖魔! 古の契約に還れ!」


 ロッドから見えない風が吹き出す。木の葉も草も揺らすことなく、だが確実に吹きすさぶ風が霧を押し返す。あと少しで結界の外まで押し戻せる、その時、霧の中から一人の女が姿を現した。

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