第4話 門が開く

「まさか……。妖魔王!?」


 カレンが叫ぶ。妖魔の中で一体だけ女であるという妖魔王。黒い肌に黒のマントを纏い、妖艶に笑む唇はぬらぬらと赤い。その目に瞳はなく、ただ虚ろな黒い穴が開いているだけだ。


「迎えに来たぞ、アラン王子」


 名前を呼ばれた途端、縛られたかのように体が動かなくなった。


「アラン様!」


 カレンがロッドを振りかざし、魔法の力が降りそそいでくるのを感じた。


「邪魔をするな、女」


 妖魔王は静かな口調でそう言いながら、指先で何かを弾く仕草をした。カレンが声もなく吹き飛ばされる。「カレン」そう叫ぼうとしたが、舌さえも動かせない。


「さあ、王子。我が王国へ共に参りましょう。あなたこそ私の伴侶に相応しい。美しい、美しい黄金の王子」


「や、めて……」


 背後からカレンが呻く声が聞える。


「女、証人になってたもれ。我が王子との婚姻の契りを、しかと見届けて」


 妖魔が滑るように近づいて来る。恐怖が背筋を這い上る。だが同時に、うっとりするほどの、痺れるような快感が胸の底から脳髄までを支配する。


「駄目です、アラン様! 気をしっかり持って!」


 なんだろう……、どこかから声が聞える。

 

 妖魔王は私の眼前まで来ると、口が裂けたかと思うほどの笑みを浮かべた。ああ、なんと美しいその微笑み。


「アラン様!」


 妖魔王の手が顎にかかる。上向かせられ、妖魔王の唇が落ちてきた。それは甘く甘く、この世のものとは思えないほどの歓喜を呼び起こした。


「さあ、アラン。これで貴方はわらわのもの。人間の世界にお別れを」


 妖魔王が指さす方を見ると、土ぼこりにまみれた人間の女が地面にくずおれていた。どこかで見たことがあるような……。


「アラン様……」


 だが、思い出せない。思い出したところで人間に用などない。私は妖魔王のものなのだから。


 漆黒のマントで私を包んだ妖魔王は、静かに虚空に向かって息を吐きだした。空中に魔界への門が開く。

 門が静かに降りてきて、私と妖魔王を包み込んだ。


「アラン様―!」


 門が閉まる刹那、何か大切なものを忘れてきたような、そんな気がした。

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魔の乙女は闇に舞う かめかめ @kamekame

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