第十三話 プラントタートル
ソニーが再び素材屋を訪れたのはそれからしばらくしてからの事だった。
「あらソニー、よく来たわね。お仕事は順調そう?」
「おはようございますマコ様。お陰様でだいぶ仕事にも慣れてきました」
「それは良かったわ。それで、今日はどうかしたの?」
「ええ実は折り入ってご相談がありまして……ある素材を探しているのです」
「素材? どんな素材かしら」
ソニーは鞄の中から折れた笛を取り出した。
「この笛は故郷に生えている植物で作った笛なのです。普通の木と違い細長く中は空洞、表面はツルツルとしており所々に節があります。非常に軽く加工しやすい為、故郷では様々な用途に使われておりました」
「便利そう……だけどここら辺じゃ見たことない植物ね」
「そうなのです! 休日を使って私も探して回ったのですが、このような植物はイリオスの街のどこにも生えていないのです! そこでもしやここならと思って来てみたのですが……」
「残念ながらうちでは取り扱ってないわね」
「そうですか……せめて情報だけでもと思ったのですが」
「うーん、そういうことならうちより外に狩りに行くことの多いハンター達に聞いた方がいいかもしれないわね」
「ハンターとなると酒場のお客さんでしょうか」
「酒場……そうよ、丁度いい人がいるじゃない! この前兄さんと話してたヴォルクってハンターが確かグレイハウンドってギルドのマスターだったはずよ」
「なるほど、では仕事が終わったら会いに行きましょうか」
「んー……素材の情報収集も仕事のうちだし、店番は兄さんに任せてすぐに行きましょ」
いつも店を空けるのは兄さんの方だしたまには逆のこともしてみたい。
そんなことを考えながらソニーと二人、グレイハウンドの前へとやって来たのだった。
「こうして来てみたものの、いざ入るとなると緊張するわね……」
「なぜですか?」
「うちの店と専属契約してるとはいえ普段ここと取り引きしてるのは兄さんだもの。私一人で来たことないのよ」
「なるほど。まあなんとかなるよう信じましょう」
「そうね。ここまで来て引き下がれないわ」
中に入ると綺麗な受付嬢が出迎えてくれた。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
「あ、あの、素材屋のマコ・キャンベルと申します。実はヴォルクさんに用事があって会いに来たのですが……」
「マコ様ですね。少々お待ち下さい」
言われた通り待っていると先程の受付嬢がヴォルクを伴って戻ってきた。
「やあ、お嬢ちゃん。今日は兄の方はいないのかい?」
「はい、兄さんは店番してますので。ところで今日はヴォルクさんにご相談があって来ました」
「まあとにかく立ち話はなんだし中に入るといい。そちらのお連れさんもな。君は確かドラゴンスケイルで働いているな?」
「はいその通りです。よく覚えてますね」
「これでも記憶力は良い方なんだ。例え酒が入っていたとしてもな」
応接室へと通された私はすぐさま本題を切り出した。
「実は今日来たのはある素材の情報を得る為なんです。素材と言ってもイリオスには群生していない植物を探しているんですけど」
「植物? それはどんな植物なんだい?」
ヴォルクに説明する為ソニーは再び件の壊れた笛を取り出した。
「それは私から説明します。その植物とはこの笛の材料なのですが、中は空洞で細長く所々に節があり表面はツルツルとしていて……」
「なるほど、確かにイリオス周辺では見たことねえな」
ヴォルクはその笛を手に取りまじまじと眺めていたが、やがて何かを思いついたように手を叩いた。
「確かうちのハンターに他所の出身のやつが居たはずだ。あいつらに聞いてみれば何か分かるかもしれないな」
そう言うとヴォルクは先程の受付嬢にそのハンターを呼びに行かせた。しばらくして二人の男女が連れて来られた。
「なんすかマスター、俺今忙しいんすけど」
「私もです。これから工房の方に向かう所だったんですが」
「まあそう言うなザック、リヴィエラ。お前達にこれを見て欲しいんだ」
「笛っすか?」
「ああ、この笛の素材となる植物を探しているんだが心当たりはあるか?」
「ふーん、これなら俺の故郷の方じゃよく見かけましたよ」
「私も見たことがあります。ですが自生しているのではなく、亀のようなモンスターの背に生えていました」
「なんだと!?」
「ああ、それたぶんプラントタートルっすね。そいつ長い間地面に潜って寝むってることがあるんすけど、その間に甲羅の凹凸に土が堆積して、植木鉢みたいになるんすよ。で、そこに植物の種子が飛んできたり根っこが伸びてきたりで、いつの間にか背中に植物を背負ってるんす。ただ俺の故郷じゃもっぱらこの植物が背中から生えてるんで、バンブータートルって呼んでるっすね。生命力強すぎて他の植物が生えようにも栄養全部こいつに持ってかれるんすよ」
「ザック、お前の故郷はここから遠いのか?」
「馬車くらいの速度でも片道一ヶ月はかかるんじゃないっすかね。まあ間に山だの森だのもあるし、モンスターの生息域もあるんで場合によってはもっとかかるっす」
せっかく情報を得られたのにそれでは到底取りに行くことは出来ない。横を見るとソニーも同じ考えのようで、その表情には落胆の色が見えた。
「それじゃあ取りに行くのは無理そうですね」
「いや、それが無理じゃない!」
ヴォルクの言葉は力強く自信に満ちていた。
信じられないという表情の私とソニーの二人とは対照的にヴォルクとザック、リヴィエラの三人はむしろ楽しそうですらあった。
「とうとうあれを使うんすねマスター!」
「試運転には丁度いいかもしれませんね」
「ああ、そういうことだ」
「えっと、どういうことですか?」
「以前ドラゴンスケイルで話したろう。見せたい物があるってな。それをとうとうお披露目する時が来たってわけよ!」
理解の追いついていない私達二人をよそに、ヴォルクはザック達に他のメンバーを招集するよう命じた。
「お嬢ちゃん、これから数日旅に出るが、ついて来るかい?」
「えっと……はい!」
「即断即決、実に良い! となれば隣の青年、あんたも来るよな?」
「もちろんです! もともと私の依頼ですしマコ様だけを行かせるわけにはいきません!」
「良い覚悟だ。それじゃ早速出発しよう!」
兄さん、どうやら事態は私の思わぬ方向へと向かっているようです。
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