止まらない波⑤

 柔軟すぎる正太郎の言葉に、チェカは未だ戸惑いを隠せていない。

(これが、この方たらしめる所以ゆえんなのね……)

 確かに正太郎の言う通りではあるのだが、生真面目一辺倒で通して来たチェカ・レビノホフにとって、この現実はそう簡単に認識出来るものではない。

「ほら、チェカ。気を引き締めろ! 足元を正せ! 次に奴が向こう側を向いたときに、一、二の三でここから飛び出すぞ!」

「は、はい!!」

 正太郎はあくまで冷静そのものに見えた。額に汗し、訓練の時よりも一段と険しい表情こそ見せてはいるが、しかしだからと言って、決して取り乱している様子ではない。

「それ、一、二のさん!」

 二人は正太郎の号令とともに茂みの中から飛び出すと、一目散でその場から駆け出した。

 チェカは、そんな額に汗する彼の横顔を覗き込みながら、

「ハザマ教官、このあとどうするおつもりですか……?」

 チェカは恐る恐るお伺いを立てるように問う。

 すると正太郎は振り向きざま、

「あ、ああ……そうだな。これはここを出る前に最初から言っておくべきだったな」

 また一段と険しい表情でチェカを見やる。

「それって、も、もしかして……?」

「あ、ああ……。まあ、その選択肢もこれからの一つだということだ。この俺の経験上、ああなっちまった限り、元に戻す手立てはねえからな」

 チェカはごくりと唾を飲み込むしかなかった。最悪、彼は殺すつもりでいる。あのチェンのなれの果ての姿を。

「勘違いすんな、チェカ。これは生き残りを賭けた食うか食われるかの状況なんだ。そんな甘っちょろい考えではこっちがやられちまうぞ」

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