完全なる均衡㉝

 月永平助には、かつて優菜という一人娘が存在した。

 しかしその娘の優菜は、かのヴェルデムンドの戦乱が巻き起こる少し前に凶獣の襲来を受けて命を落とした。それはしくも、彼の背中にぐったりと体を押し付けているシェンナと同じ二十二才の時の話であった。

 その頃、月永平助は正規軍の凶獣守備隊の一兵士として赫々かっかくたる功績を上げており、自身は〝ヒューマンチューニング手術〟を強制施行させようとする新政府設立の世の流れに反旗を翻した揺るぎない道を歩んでいた時期であった。

 しかし――

「もう、パパは何も分かっていない! わたしの気持ちなんて!! わたしの考えなんて!! パパはね、一人一人が自由に選択出来る社会を守るために戦ってるんでしょうけど、わたしにはそれが押し付けでしかないのよ!! その考え方の方が、わたしにとっては押し付けのなにものでもないのよ!!」

 彼の娘である優菜は、平助の考えに理解が無かった。そればかりか、

「ママが死んじゃったのだって、パパがママに無理をさせたからなのよ! ある意味、ママはパパの犠牲者なのよ!!」

 平助の妻は、優菜が二十歳を迎える前に病気で亡くなった。実際には、妻は平助の考えに寛容を見せており、かなりの賛同者でもあった。

 だが、癒えることのない優菜の悲しみが、いつしか平助に対しての攻撃へと矛先が転換し、

「パパなんて大っ嫌い!!」

 言って家を飛び出した時に、かのゲッスンの谷の〝猿渡商店街の悪夢〟として歴史に残されたテロ事件に巻き込まれてしまうのである。

(あの時、わたしが無理にでも優菜を引き留めていれば……)

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