虹色の細胞㊳
※※※
ただひたすら平坦な大地には、食欲をそそる木の実の甘い香りも、物欲をそそる貴金属の類いも、そして肉欲を助長するロマンティックな太陽の刺激も存在しなかった。ただそこには、ことさら沈黙と厳かなる音色が始終響き渡っているだけであった。
「羽間さん。さっきの……」
「ああ?」
「さっきのあの森を抜けた時の、言葉。覚えて……る?」
「あ? ああ……。そりゃまあな」
小紋が問おうとしたのは、死の境を共に彷徨ったときに口走ってしまった愛の告白のことである。
「やっぱり、わたしのこと、大事に思ってくれてたんだ?」
「う、うん……、そりゃまあな」
正太郎は照れくさそうにそっぽを向くが、耳が真っ赤である。
「じゃ、じゃあ……。また、手、つないでいい?」
「あ、ああ……」
どういうわけか、百戦錬磨の男ですら、どの角度からもこの有様である。
大きめの太い指に絡めた小紋の小さな指は、まるで親子ほどの差がある。がしかし、少しだけ熱を帯びた互いの手のひらには、しっかりと生気を感じられる独特の湿り気があった。
「あっちでは元気にやってたのか?」
「うん……。色々と大変だったけどね」
「いきなりだったから、お前もびっくりしたんじゃねえか?」
「うん、すっごいびっくりしたよ? でも、いつもピンチの時は心の中で羽間さんを呼んでたから、期待通り過ぎて逆にびっくりした」
「そうか……。まあ、そりゃあ待たせちまったな」
「いいよ。だってわたし……、会えなかった分だけ、成長した姿を見せられると思っていたから」
小紋がそう言って目をつむると、正太郎は静かに彼女の身体を優しく包み込んだ。
しばらく二人は、互いの体温を感じ合ったまま動かなかった。これ以上、物理的な距離を取りたくない無意識がそうさせるのだ。
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