スミルノフの野望㉒


 言って山の中を駆け抜けた時、一つのカプセルの集積所があった。集積所とは言っても、それは浮遊戦艦が無造作に彼らを置き去りにしただけであり、決して意図的に集落を形成したものではない。

 カプセルは、彼らにとって生命維持装置だった。何が無くとも、そのカプセルに帰りさえすれば、長い期間食うに困らず生きて行ける。言わば、人智を超えた宇宙科学の結晶なのだろう。

 だが、彼らには決定的なものが欠落していた。それは、他人との関わり合い。そして、他者からの愛である。

 成人の赤子と呼ばれる彼らは、決して元々が精神的に赤子だったわけではない。ただ、スミルノフが撒き散らしたウィルスの突然変異によって思考を破壊され、さらにはこれまで培ってきた記憶さえも奪い去られてしまったのだ。

「グ、グウウ……!! どういうことだ!? こやつらの動きが……!?」

 デュバラが、彼らの集積所に姿を現すや否や、成人の赤子たちは突如カプセルの中から這い出したかと思うと、

「な、何なのだ、これは!?」

 一人の成人の赤子の合図とともに、その群れ全体が脱兎の如く猛烈な速さで森の中へ隠れて行った。

「このようなこと……、今までにはない」

 これまでの赤子の成人と言えば、ただ闇雲に若い女性を付け狙い、その乳房に向かって授乳を試みようとするものであった。だが、

「この動きは……。まるで統制の取れた集団だ」

 彼らは今までただの群衆でこそあったが、集団という位置づけではなかった。個々の欲望を満たそうとする群衆でこそあったものの、決して同じ目的を共有する集団ではなかった。

 それが今、何やら不穏な目を光らせながら、森の中から女装姿の麗人デュバラを刮目するものである。

「どういうことだ!? 何なのだこれは!? 私は、何か踏んではならぬものを踏んでしまったのか!?」


 

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