偽りの平穏、そして混沌㊾


 小紋はこの時、以前から懸念されていたこの国の電力供給の滞りを悟った。

 まだ彼女が、あの狂信集団〝ロニ教〟と一戦を交えていた頃まではさほど危惧されていなかったことだ。生身の人間とサイボーク人間との格差こそ存在したが、ここまで深刻な社会崩壊を迎えていなかったからだ。

「そうか……。あれはあれで、まだマシな方だったんだね。あの頃は、それなりの生活基盤がしっかりしていただけね。でもこれじゃあ、学生時代に教科書で見た少し昔の生活に舞い戻っちゃったみたいだよ」

 それでも小紋には、羽間正太郎と過ごしたヴェルデムンドでのサバイバル生活の経験がある。傍にマリダや、烈風七型の烈太郎の存在はあれど、インフラの整わない場所での生活を知らないわけではない。

「一体、これからどうなっちゃうんだろうね。それよりもオツ君。キミのエネルギー残量は大丈夫?」

「ウン。まだコンナボクでも、あと五百キロ以上は走れると思う」

「そうか。なら、エネルギーの無駄遣いは禁物だね。今日はここでいったん休もうよ。僕は、この辺を自分の足で探索してみるから、キミは少し休んでて」

「ウン、ソウサセテもらうね。おねえちゃん」

 薄暮に彩られた住宅街は、まるで墓石に窓を足しただけの広大なモニュメントそのものだった。

 人の住まなくなった家々は、どうしようもなく我儘な枯れ草と空気を読まない砂ボコりにどっぷりとまみれている。所々のガラス窓にはひびが入り、中を覗けば床下から青々とした数本の竹が所狭しと天井を突き破る。異臭がするのは、そういった抜け穴から入ったケモノの類いが糞尿を垂れ流した跡なのだろう。

 彼女は、完全に抜け殻となった、とある家に侵入した。すると、その場所に少し前までにはあった生活の匂いを感じた。

「カレンダーは、二年前の三月のままになってる……。そうか。ちょうど浮遊戦艦が、この地球に現れだした頃と一致するね」




 

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