偽りの平穏、そして混沌㊿


 浮遊戦艦が、絶望を見た人々を集め出して早二年が経つ。

 電力供給すらままならない時代に突入したことを覚った〝ミックス〟たちに、地上の生活は、実に不自由だった。

 かと言えば、生身の肉体を保持していた〝ネイチャー〟ですら、これまでの文明的な生活が出来ないことを覚らざるを得ない。ゆえに彼らも、自ら超科学力を誇る浮遊戦艦に取り込まれて行かざるを得なかったのだ。

「僕たちが、いくら頑張って浮遊戦艦に抵抗したところで、本当はこの地球のみんなに生きる気力が無ければ意味なんてないんだよね……」

 人々は、自ら飲み込まれて行ったのだ。あの偽りの楽園をかたる浮遊戦艦の中へと――。

 この家のリビングには、家主の家族の集合写真が飾られていた。風化によって、それぞれの顔の部分ぼやけてしまったが、きっとこの写真が撮られた瞬間は、間違いなく幸せの真っただ中だったのだろう。

 彼女は感慨にふけり、どこに居るのかも分からない父大膳や兄春馬のことを思い出していた。

 そして、あたかも姉妹のように時を重ねたマリダの面影に郷愁を抱いた。

 さらに、

「羽間さん……。羽間さん、あなたは、この瞬間でもどこかで戦っているんだよね? 今でも、誰かのために全力で貫き通しているんだよね? ねえ、早く会いたいよ。羽間さん……」

 言うに及ばず、彼女は師である羽間正太郎に、師弟関係以上の強い感情を抱いている。しかし、だからと言って、その彼が今どこで何をやっているのかすら皆目見当もつかない状態なのだ。

 そんな折である――。

 ひと気のないこの辺りから、何やら声が聞こえて来た。

「なに、猫……? それとも犬? でも、この声は……」

 人間のような声であった。いや、声と言うよりも、それは赤ん坊の泣き声に近い。


  次章へ続く



 

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