偽りの平穏、そして混沌㊼


 スミルノフが、この『ロング・オブ・メデューサ』を手に入れた経緯は、一人の老人が関わっていた。

 実は、その老人と言うのが、あの鈴木源太郎博士のを受け継いだ一人なのである。

「お主が、お主の抱える生業なりわいで行き詰まったとき、この瓶の中の液体をひと垂らしするがよい。そうじゃ、使い方やタイミングは、お前が考えればよい。先ほども説明した通り、この瓶の中身は必ず効果がある。しかも強烈にな。だから、タイミングを誤るでない。タイミングを誤れば、どんなに切れる刃とて、自らを引き裂く原因ともなろう……」

 その薄汚れたマントを被った老人は、そこで倒れ、息を引き取った。

 誰も訪れることのない裏路地での話である。スミルノフはその老人の亡骸を放ったままその場を去った。

 この密会は、かのヴェルデムンドの戦乱の激戦の最中である。

 スミルノフは無一文に近い状態で、自分の無力さに絶望を感じ、強い酒に身をまかせ明け暮れていた。

 なぜに彼が、あの老人に呼び出されたのか分からない。なぜに、あの小瓶の中身を託されたのかも分からない。

 だが事実として、彼は戦乱後に地球に舞い戻り、それなりの顧客とのパイプを再構築させた上で、ここぞというタイミングを見計いを使用したのだ。

「私が再び、この悪魔のようなこの瓶の中身をばら撒くことになれば、また数年前のようなパンデミックが巻き起こる。なにせ、このウィルスの名前はロング・オブ・メデューサ。つまり、長きに渡り効果が持続する永遠の化け物という意味だ……。どんなに機械に身体を変えたとしても、また別の症状が現れる厄介な代物だ。そしてこの私は、あの男より優れているという証明が成されるというわけだ」

 このウィルスをばら撒いた時点で、どんな悲惨な症状が現れるのかはスミルノフ本人ですら予測出来ないのだ。


 ※※※



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