偽りの平穏、そして混沌㊹

 

 ※※※


「どうしても烈風七型の人工知能のデータを、こちらにお渡しいただけませんかな、桐野博士?」 

 スミルノフの威圧的な瞳に、桐野博士は幾度となく恐怖したが、

「何度も言っておるじゃろうて。烈太郎は、今はあちらさんの世界におる。簡単に手に入る状態ではないのじゃ。じゃが、たとえこの手の中にそれがあったとしても、憎たらしい貴様などに簡単に手渡すものではない!」

 鳴子沢小紋を出汁にして幕を閉じたレクリエーションからひと月以上が経ち、スミルノフに焦燥の色が見え始めて来ていた。

(このままでは、この世界にリセットは掛けられない。一つの風の流れが終わってしまう。今さら武力が使えぬともなれば、今度は……)

 スミルノフには、第二の手が存在した。

(またこれを使う羽目になろうとはな……)

 彼が、電子ロックで厳重に隔離された部屋の前に立つと、ふうーっと深いため息を吐いた。

 そして空調で完全管理された数百のアンプルの中から、取り出したる一つの小瓶をみつめ、

(これは、あの世界に渡航していない者だけに有効なウィルス。そうだ。これを使えば、私はまた自分で自分の風を吹かすことが出来る……)

 彼の持ち出したアンプルには、

『ロング・オブ・メデューサ バイオハザード』

 と記されている。

 そう、このアンプルの中身の正体とは、約三年前に世界的に大流行した通称ヴェルデムンド・ウィルスと呼ばれるおたふく風邪にも似た症状をもたらすウィルスである。

(私は以前、この地球上に自らの考えるをもたらすために、これを使用したのだ。しかし、人の業とは恐ろしいものよ。私が吹かせただけの風にちゃかり便乗して来る輩が五万と存在していたのだからな……)



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