偽りの平穏、そして混沌㊸

  

 それでも人類は、その生活基盤と経済圏を保つことが出来ていた。

 各国は、自国の人口減少による国力の衰退により、他国からの侵略を一様に恐れていたが、それ自体が杞憂であることが証明された。なぜなら、国力の衰退は地球上全ての国々や自治体で巻き起こっていたからだ。

 そういった人口減少の当初、過疎化した地域を、このどさくさに紛れて根城にしようとする集団が現れた。しかし、実際にはそれらの集団の思惑通りには事がいかないのが現実だった。

 それもそのはずであり、この世界状況において過疎化した場所を自分の自治区域だどんなに言い張ったとしても、それを維持するだけの経済基盤もなければ技術基盤も存在しない。

 まして、何かを作り供給する技術があっても、それを受容するだけの売り先が存在しなかったからだ。

 さらに言えば、電力供給もままならない現状において、それを安定維持するだけの物資や要員の確保すらままならない状態では、侵略も何もあったものではない。

「以前よく、羽間さんが言ってたっけなあ。俺たち商人は、人と人、物と人をつなぐ橋渡しの役目なんだって。人間の身体で言う、血流を促す役目なんだって……」

 どんなに少ない細胞であっても、血流さえ滞らなければ命を保つことが出来る。俺ァ、それに魅入られたから商人が楽しくなっちまったんだ、というのが彼女の師匠である羽間正太郎の口癖であった。

 少し前まで小紋が所属していた抵抗組織シンク・バイ・ユアセルフには、そんな羽間正太郎の影響を受けた小紋の意思が少なからず受け継がれていた。

 だからこそ、小紋は組織の構成員の人望を一手に集められていたのだ。

「小紋のおねえちゃん。ボク、おねえちゃんの言うソノ人二、会ってミタイ。ナンだかボクも、その人ミタイな大人の男にナリタイ……」

「オツ君……」


 ※※※

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