偽りの平穏、そして混沌㉓
「狂ってなどおりませんよ、博士。それが人間にとっての正しい歴史というものです。良かれ悪しかれ、人の歴史はそうやって培われてきたのです。しかし、この雑然とした今の世界は失われるものが少なすぎるとは思いませんか?」
「失われるものじゃと?」
「そう、失われるものですよ、博士。産業革命以来、世界は新しいものに満ち満ちております。言わば、それだけ新しいものが生み出され過ぎているということです。今や人類は、新しいものが生み出され過ぎて情報過多になり、もう人々の頭の中は雑然となり過ぎておるのです。それならば、一度猿同然の生活に戻る必要があります。そう、様々な物が生み出され過ぎている昨今、一般大衆の心理は一様に、猿の時代への回帰を望んでいるのです」
桐野博士は返す言葉がなかった。いや、博士自体がスミルノフの言葉に飲み込まれたからではない。今の博士が、スミルノフという男の極端な思考を、どうあっても覆せないと感じていたからだ。
「つまり……と言うか、貴様が烈風七型の思考データをつけ狙う目的とは、儂が生み出した烈太郎に、この世界文明の破壊の手伝いをさせようとしておるのか?」
桐野博士は問い質すのもおぞましかった。〝烈太郎〟は、破壊のために生み出した人工知能ではない。人類との共存を目的として開発された存在だからである。
しかし、スミルノフの答えは単純明快、
「その通りですな、桐野博士。私はかつて、あれだけの戦闘実績を残した人工知能にお目にかかったことがない。たとえそれが、烈風七型のパイロットである羽間正太郎との関係性から生み出されたものであったとしても、そこは大した問題ではないのです。なぜなら、それは結果的なものであって、私が欲しているユニットとしては最高な物だからです」
この言葉ゆえに、スミルノフの魂胆は見えていた。つまり、桐野博士が開発した人工知能の土台をもとに、実践を駆け抜けて来た烈太郎のデータを複製させることによって、破壊に必要な最強の軍団を構成させたいのだ。
「さあ、どう致しますかな、博士? ミス鳴子沢の命と引き換えに、あなたがお隠しになった烈風七型のデータを、こちらにいただけませんかな?」
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