偽りの平穏、そして混沌⑲


「き、貴様。言うに事欠いて、なんて乱暴な言い様を……」

 桐野博士は、今にも目の前の男に煮え湯を飲ませたかった。しかし、どんなに天才と謳われた博士でも、いち技術者の腕では、訓練を施された相手に逆らうことすら出来ない。まして、墓荒らしのスミルノフは、全身の四割程度を最新型の機械マシンに換装させている。力で敵うはずもない。

「ええ、その通りです、博士。乱暴にもなりますな。人智を超えた力を授けられさえもすれば」

 スミルノフは言い、不敵にもモニター越しに目を見開いた。すると、画面が八分割し、そこに一人の女性の姿が現れる。

「貴様……」

 桐野博士は絶句する。

 何を隠そう、そこに映された女性の姿はすべてが戦闘中の小紋であった。同時に、別の角度から八つの視点が彼女を見つめている。

 つまり、彼女に対して攻撃を仕掛けていたのは、目の前のこの男たった一人の仕業だったのである。

「私はこの力を手に入れました。その昔、こういったものを同時に操れるのは、一部の大型人工知能だけでした。そう、こんなことを博士に語るのは、釈迦に説法というものなのでしょうが、人間は同時に複数の機体を、それぞれ別角度から別視点で別の思考によって操作出来なかったと言えばよろしいかな。しかし、あの鈴木源太郎博士が最後に作ったとされる人格強制コピーマシン【SZ―XX】によって複製されたものを人工知能に移し替えれば、このような芸当も出来るのです」

 言い終えたと同時に、

「貴様、人間を捨ておったな……?」

 桐野博士は、さも汚いものを見るような目眼差しで言葉を吐いた。

 それ以上スミルノフは明言を避けたが、桐野博士の予想では、スミルノフの身体には、スミルノフの意識をコピーした人工知能が複数機埋め込まれていると考えている。博士自身も、過去にそういった研究を行った経験があるからだ。

 そして、その埋め込まれた人工知能は、頭部のみならず、腕や足、腹部や胸部といった箇所に点在させているといったものである。

 言うなれば、もしスミルノフの頭部が、何らかの攻撃を受けて破損したとしても、別の個所の頭脳がスミルノフという人格を作用させる。つまり、肉体の全てを破損させなければ、彼の存在をこの世から消し去ることが出来ないというわけだ。


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