偽りの平穏、そして混沌⑧


 小紋が、貨物板の間をすり抜けるたびに、投げ苦無が執拗に彼女の足元を狙って来る。

 小柄ですばしこい彼女は、一般に体格の良い戦士よりも自由度がある。しかし、自然派ネイチャーと呼ばれる身体を機械に換装させていない小紋にとって、体力や力まかせの戦闘に頼るのはかなり都合が悪い。

 そこで、正太郎が彼女に叩き込んだ戦法とは、現状にまかり通っている戦略の価値観を一気にひっくり返してしまおうとする戦術である。

 相手は、投げ苦無などという独特な武器を自在に操る忍術使いだと考えてよい。それならば、忍術にそのまま対抗したとしても、相手が用意した土俵で相撲を取ることになってしまう。

「そんな相手に、僕が生身一つで勝てるはずなんかがない。それならば……」

 言って小紋は、武器庫と思える大きなトランクを見つけるや、それにに手を掛けると見せかけて身体を反転させ、素早くビークルの運転席に向かった。

 その瞬間、投げ苦無がひっきりなしに飛んできた。が、相手に動揺が生じたのか、なんとか小紋はその一瞬の隙の間に運転席のドアを閉じることが出来た。

「あぶないあぶない……。これは予想以上にすごい相手だよ。クリスさんなら兎も角、意表を突いたってこんなふうに攻撃が出来るのは只者じゃないよ」

 肩で息せき切りながら、小紋はぐるりと運転席を見渡した。案の定、このビークルには誰一人として人間の姿が見られない。計器盤を調べると、ここに到着するまで無人で操作されていたらしい。

「ふうん……。と言うことは、この辺りにも三次元ネットワーク通信が繋がっているってことでいいんだよね。そして、こんな混乱した世界の状況で三次元通信が繋がっているってことは、ここは……」

 そう考えているそばから、閉めたドアに投げ苦無が何本も突き刺さった。そして、防弾処理が施されているであろう分厚いフロントガラスにも投げ苦無が深々と食い込んで来る。

「な、なんて威力なの!? こんなの人間業じゃないよ!!」


 

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