偽りの平穏、そして混沌⑦


 小紋は、苦無くないから身を守れる角度を維持しながら、もう一度、ラウンドビークルの貨物席に足を踏み入れた。スミルノフ中尉が言っていた武器の類いを取りに行くためだ。

 山中の森の中とは言えど、真っ昼間の陽光によって小紋の姿は敵に視認されている。

(もしここで、僕が武器を取りに行ったところで一対一の勝負になるとは限らない。でも、何もない状態で戦っても勝ち目なんかあるはずがない。相手が本当にクリスさんだったとしても、そうでなかったとしても、投げ苦無なんか使う相手なんだから、それも考慮して戦術を組み立てているってこと。そうだよね、羽間さん……)

 小紋は、いつも羽間正太郎を心の拠り所にしている。無論、本当に正太郎が傍に付いているわけではないが、彼女はこうして彼の存在に語り掛けて戦略を練るのだ。

 そして結論は決まった。

(きっとこの相手は、僕が武器を取りに行くことを予測している。相手だって、この僕が武器を使わずにこの状況を対処し切れるとは思ってない。それはどう考えたって至極当然のことだもんね。つまり、こんな時は……) 

 小紋は意を決し、四方に倒された貨物板の陰から陰に身を隠しながら移動した。そして、移動するたびに、ある方向にだけ故意に視認できる角度を作って見せた。

 こうすることによって、相手が今どの方向から狙いをつけているのかを予測しているのだ。

(ちょっとだけリスクはあるけど、羽間さんから言わせれば、これって敵の盤上で踊らされている状態なんだよね。だから、少しでも相手をこっちから躍らせる状態に持って行かないと、次の打つ手なんか考えられなくなっちゃうんだもんね)

 羽間正太郎は、著しく小柄な小紋に合った戦略性や戦術というものを彼女に叩き込んだ。

 元々、小紋は小柄ながらも身体能力に長け、そして幼少の頃より格闘の心得を習得していた。

 しかし、そんな程度では弱肉強食のヴェルデムンド世界でエージェント取締官などはやっていけない。

 そこで正太郎は、彼女に特化した対処法を教え込んだのだ。

「名付けて、羽間流将棋盤ひっくり返し!!」

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