偽りのシステム191


「認識が出来ない? 大佐殿、そんな事実がありましょうや?」

 エスタロッサは、かの猛将たるエリケン大佐がここまで焦燥に満ちて声を上ずらせているのを見たことがない。

 かの宿敵たる、羽間正太郎率いるゲッスンの谷守備隊と攻防を交えた時ですら、彼は悲壮に満ちた表情を浮かべなかった男だ。

(しかし、あの時は……あまりにも意外な返り討ちに、大佐殿ご自身も、苦笑いを浮かべるしかなかった。ですが、このように取り乱された大佐殿など……)

 それが認識すら出来ぬ敵と遭遇した今、その心境たるや尋常なものでない。

「大佐殿! ご自身の旗艦は持ちましょうや? もし、困難であるとするならば、こちらの何基かを迂回させて、そちらに……」

「いや、それはいかん。それはいかんぞ、エスタ坊や。それが敵の狙いならば、我らはまんまとその術中に嵌まる。ここで味方の戦力を分散させるわけにはゆかん」

「ですが、大佐殿……」

「心配するな、エスタ坊や。俺たちは、世界にその名を轟かす第十八特殊任務大隊――十八番おはこの大隊だ。こんなまで来て、容易にやられるはずがない」

 言われてエスタロッサは、はい、と返事をするほかなかった。この状況が、上官の言う通りの相対する者の策略であったのなら、ここで自らの戦力を割くのは相手の思う壺でしかない。

「大佐殿、ご武運を……」

「応、エスタ坊や、お前もな」

 そこで回線が途切れた。味方軍の中継施設やガイドビーコンすら設営されていない地域である。激しい丘陵の大森林の中では、音声通信ですらまともに行えない。

「大佐殿、どうかご無事で……。し、しかし、認識できない敵の正体とは一体……!?」


 ※※※


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