偽りのシステム173


  

 エナは振り向かずに、こくりとうなづいた。泣きはらした瞼が、赤く腫れあがっている。

「余計なお話かもしれませんが、少し前にエナさんと通信が出来た時の映像は、わたくしがこの融合種ハイブリッダーと呼ばれる検体から見えていたものだと思うのです。この検体は、わたくしのすぐ隣に寝かされていました。ということは、これを仕掛けたのは多分……」

「アヴェル・アルサンダール……。アイシャさん。あなたのお兄さんの仕業だというのね」

 アイシャは言葉なくうなづいた。アイシャとて、言葉に出せるほど納得のいく状況ではない。

「あなたのお兄さんて、率直に言うと熱情家よね。自分では正しいことをしていると思っているんでしょうけど、実は混乱の種をどんどん作り続けている。ある意味、ショウタロウ・ハザマとすごい似ている……」

 言われて、アイシャは少し押し黙ったが、

「ええ、エナさん。あなたの仰る通りだと思います。アヴェルお兄様は、昔から律儀な方でした。わたくしよりも一回り以上も年上でいらっしゃったから、わたくしの知るお兄様は、わたくしから見ればとても大人です。ですが、ときどき情に流されておられるのを何度か見て育ちました」

 アイシャは語った。彼女が幼少な頃に見て来たアヴェルのエピソードを――。

 アヴェル・アルサンダールは、父であるゲネック・アルサンダールの長兄として生まれた。そして、その素質を十二分に継いだ彼は、十五才になろかという頃には、もはや体技においては父以外には敵なしであった。

 そんな彼に一つの転機が訪れた。

「アヴェルよ、お前ももう大人だ。良い頃合いだ。妻をめとれ」

「妻? つまり。この私に婚姻をしろというのですか、父上!?」

 アヴェルは、いきなりの父ゲネック・アルサンダールの申し入れに目を見開いた。

「何を驚いておる。それとも、こういうことはもはや時代にそぐわぬとでも申すか?」

「い、いえ、父上……」



 

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