偽りのシステム172


 その時、アイシャはキョトンとしてエナを見つめた。精霊が通り過ぎたような間が出来た。

「あの……エナさん、正太郎様は生きていますよ。まったくぴんぴんしています」

「ええっ?」

 アイシャは小首をかしげている。融合種ハイブリッダーであるがゆえに、鉄面皮の奥の表情こそは読み取れないが、間違いなく彼女はエナの興奮の意味が分かっていない。

「エナさん。正太郎様はご無事です。ああ、そういうことなのですね。これで、ようやくわたくしがここに復活できた意味が分かりました」

「なんですって!? それはどういう……」

「ええ、エナさん。今はその意味を語るよりも先に、これをご覧になってください」

 言うやアイシャは、その桜色にきらめきを見せる大きな手のひらをそっと前にかざすと、

「こ、これは……!?」

 エナの前に現れたのは、人ひとりがすっぽりと入る大きさの黒い透きガラスで覆われたカプセルだった。

「はい、正太郎様はここで眠っておられます。ただ、二年近くもの間、こうやってカプセルの中で眠り続けていたお身体ですから、まだご自分の身体に意識が付いて行けてないのだと思います」

 その闇夜の夜風を想起させる透きガラスの向こう側には、丸裸のまま粘度の高い液体付けになって横たわっている羽間正太郎の姿があった。

 エナは震えた。涙がとめどなく流れた。膝を朱に染まる大地に押し付け、透きガラスに擦りつくようにわんわん泣いた。

 ようやく一つの目的が達成されたのだ。エナ・リックバルトにとって、正太郎の存在は父親や憧れの人などと言った個人的な感傷だけの存在ではなかった。これからの世界にとって、なくてはならない鍵を持った人物だった。ゆえに、これが一つの始まりだったのだ。

 アイシャは、泣きじゃくるエナの様子をうかがいながら、申し訳なさそうに、

「エナさん。安心されるのはまだ早いと思います。正太郎様がお目覚めになるのは当分時間がかかりそうです。この火星の入り口の向こう側には、わたくしたちの敵が大勢追い立てて来ています。それを阻止できるのは、わたくしたちだけだとおもうのです」




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