浮遊戦艦の中で299


 リゲルデは、ジェリー・アトキンスを名乗る男の言うことを、とても信じられるものではなかった。彼の中で、伝説のエースパイロット、ジェリー・アトキンスという存在は、もうとうの昔に死亡している。

 昨今の世相を揺るがす切っ掛けとなった〝黒い嵐の事変〟。その顛末は、たとえ事件の部外者であろうとも、内容を知らぬ者などいない。

 まして悪童シュンマッハの下で、あらゆる権謀術数の策略を講じて来たリゲルデとしては、もはやジェリー・アトキンスは遠き記憶の彼方に過ぎ去った哀れな人物の一人に過ぎないのである。

(俺は悪い夢でも見ているのか……。それとも、また誰かの策謀によって踊らされているのか……?)

 策士、策に溺れるというが、リゲルデの業はかなり深い。

「ミスターワイズマン! わたしの要求を受けられるか? 互いにこのままでは無駄な時間を費やしてしまうだけだ。あなたのその身体では、あまり自由が利かないはずだ!」

 その時、リゲルデの背筋に緊張が走った。なぜ、このような暗闇の中でそのことがばれたのか……?

「フフッ、ミスターワイズマン。その様子では、なぜこのわたしが、あなたのその状況を把握出来たのかと、焦っているみたいだな。だが、それは簡単なことだ。詳しくは分からないが、あたなの現状は、あまり身動きが出来ない状況に居る。なぜなら、先ほどからあなたは、そこから動かない。しかも、音の反響具合からして、体を壁や障害物に隠しているわけでもないことが分かる。まして、何らかの優位性を保つための武器や乗り物を有していれば、何も考えずにわたしに攻撃や交渉を仕掛けて来るはずだ。それは、その暗闇だからこそ、より輪郭を伴って見えて来ている。どうだ、ここは一つわたしの話に乗ってみてはいかがだろうか?」

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