浮遊戦艦の中で82


 ※※※


 正太郎は、巨大子猫にしがみついたまま肩で息をして様子をうかがっていた。

(このままコイツが暴れ出しちまえば、街が壊滅される……。そして、多くの住人たちがおっ死んじまう……)

 浮遊戦艦に囚われた人々は、その本体を別のどこかに保存されている。しかし、もしこの仮想空間で死を迎えれば悪影響を及ぼし、その本体ごと死を迎えてしまう確率が高くなってしまうというわけだ。

(これじゃ、にっちもさっちもいかねえ……。このバカでかい子猫ちゃんをやっつけちまうのも気が引けるが、このまま放って置いたら破滅の一途を辿るだけだ。ここは俺が憎まれ役を買うしかねえってこった……)

 正太郎は意を決し、腰ベルトに携えていた特殊警棒デュアルスティックを差し出すと、次々とそれを巨大子猫の首筋にあてがう。

(許してくれよ、子猫ちゃん。今、一瞬で楽にしてやるからよ……)

 彼は、特殊警棒デュアルスティックの超振動波を首筋の神経に一斉に与ようとしていた。そうすることによって、この猫の息の根を一瞬にして止めようと画策したのだ。

 しかし、

「みゃおーん」

 巨大子猫は、まだ野生にすら目覚めていない幼気いたいけな鳴き声で、正太郎の決意をかき乱す。

「ば、馬鹿な……。この俺が、こんな猫一匹の鳴き声ごときに……」

 あの戦乱で散々人を殺め、散々凶獣たちを地の底に葬ってきた彼ではあるが、なぜかこの瞬間に手が止まってしまう。

「これが人の本能ってやつなのかい……。円周率がとことん割り切れねえ所にどこか似てやがるぜ。俺も案外丸くなっちまったってことなのか……」

 人の生き死に、そして様々な死線を掻い潜ってきた羽間正太郎である。だがしかし、その人の心と言うものは善や悪といった、人類が後付けで作った価値観で割り切れるものではない。

 そこに何らかの作用があるからこそ、人は無意識に何かをしようとしてしまうのだ。

「畜生!! だめだ……。俺にはとても出来ねえ。こんな猫の子一匹すら倒すことがで出来ねえのか……」



 

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