浮遊戦艦の中で75


 しばらくボーっとしていたが、小紋は両掌でほっぺたをパンパンと叩いて気合を入れ直した。

 浮かれてなどいられる場面ではない。だが、〝神吹雪〟中隊を率いる中島一尉は、こんな緊迫した状況を把握した上で、あのような事を言って冷静な心を取り戻そうとしてくれたのだ。

(中島一尉は、戦い慣れしている……。あれが本当の戦士というやつなんだね。そう、羽間さんも言っていた。いざ戦うと言った場面で余裕を見せていられる奴が、最後の最後まで生き残るんだ、って……)

 少し前まで、小紋は人工知能〝疾風はやて〟とのやり取りにイライラをつのらせていた。

 彼女は、戦士という立場と同時に、組織のリーダーとしての役割を果たさなければならぬ。

 そんな役割を担った彼女が、当たり前のように誰にでも立ちはだかる難題に対して、余裕がない態度で事を当たっていては、組織をまとめる役割者リーダーとしてはかなり失格である。

(ありがとう、中島さん……。きっと中島一尉は、そんな僕を見るに見かねて、あんなことを言ってくれたんだね。みんな優しい……)

 人は一人では生きて行けない。人は一人で完全になれない――。

 それは、彼女の思い人である羽間正太郎の最たる口癖であった。

「いいか小紋。だから俺はと戦うんだ。だから俺はあの戦乱を戦ったんだ。は自分を完璧な人間だと勘違いしている。どこかに完全な人を超えた存在が居るんだと考えている。だがよ、小紋。俺ァ、そんなこたぁどうだっていいと思う」

「どうだっていい? それどういうこと、羽間さん?」

「ああ、どうだっていいのさ、そんなこと。それよりも、今ある現実を素直に受け止めて、それをどう乗り越えて行くかを考えることが大事なんだ。俺たちには寿命がある。その限られた時間の中で、あるかもしれねえ、ないかもしれねえことをごちゃごちゃ考えて無駄に時を過ごすよりも、今ある現実を少しでも正確に受け止めて、それをどうやって料理して行くかが大事なんだ」

「今ある物で料理していく?」

「ああ。理想的でよだれの出そうな食いもんを勝手に想像するのは構わねえ。だがよ、材料もねえ、作り方もままならねえのに、それを食いたいとほざいてみたり、それを他人に強引に要求してみたり……。そりゃあ、現実を見ていねえ奴のただの戯言だぜ」


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