浮遊戦艦の中で㊲


「百万人力……ですか」

「ええ。もしかしてあなたも、ミスターハザマと同じ日本人ならば、それを謙譲や謙遜と言った具合で受け取ってしまうかもしれません。ですが、私はこう考えます。何せ、私は老いたとは言え、これでもれっきとしたアメリカ人であり、米国陸軍に長い間籍を置いていた経験もあるリアリストなのです。そこにロマンや理想や思想主義などを含み入れる前に、現実に何が起こったのか、そして何をすべきなのかを考慮する役目を引き受けておったのです。そんな私めの目に映った彼の姿は、まぎれもなく百万人規模以上に影響を与える役目を負った愛すべき男の姿だったのです」

 小紋はその言葉を聞き、いかに戦争が相手に及ぼす武力のみではないことを思い知った。世の中全体を暗くする気持ち、明るくする気持ち。そして不安にさせる気持ち、希望を持たせる気持ち。さらに、辛くさせる気持ち、楽しくさせる気持ち――

 どんな気持ちでさえ、人々は互いに影響し合い、そして影響されあって生きている。

 そんなどちらにでもひっくり返ってしまう裏腹な感情をいとも容易く操作出来れば、人類の未来はどちらにでも転がってしまう要素を秘めていることになる。

「鳴子沢リーダー。我々、あのヴェルデムンドの戦乱の中に生きてきた、ここに居るメンバーの大多数が、彼をこう形容しておりました。そう、彼はトランプカードの〝JOKER〟であると……」

「ジョーカー? つまり、ババ抜きのってこと?」

「ええ、JOKER。そのババ抜きのババです」

「羽間さんが、ババってどういうこと?」

「考えてもみてください。ババ抜きというトランプカードゲームに、もし〝ババ〟たる〝JOKER〟の存在が無ければどうなってしまうでしょうか?」

「どうって……そりゃあ〝ババ抜き〟というゲーム自体が成立しなくなっちゃうよね?」

「そうです。確かに〝ジジ抜き〟というタイプのJOKERを使用しないゲームも存在しますが、それはもうそこで既にババ抜きではない」

「ええ、そうですね」

「そして、そのババ抜きの〝ババ〟は、ババという存在を最後まで持っているプレイヤーが負けとなるわけですが……。このゲームに勝つポイントは、そのババの存在をうまく利用し、相手によりけん制を掛けることが勝負の分かれ目になるのです」

「ということは、もしかして……」

「そうです。我々が相手を揺さぶるも、我々が相手に揺さぶられるのも、その〝ババ〟の存在を上手く利用できるのかがポイントになるのです」



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