浮遊戦艦の中で㉛
「何だと!? 苦しみも悲しみもない至高の世界だと? しかし、そんなことが……!?」
「そんなの嘘に決まっているじゃない。アイツらにとっては、自分の言っていることが真実だろうが嘘だろうがどっちでもいいのよ。自分たちの目的を果たせれば、それでね。だってアイツは元から機械なのよ。人間の倫理だとかそんなものは一切関係ないんだから!」
「何だと!?」
「だってそうじゃない? もしあなたが、蟻の集団の観察を行っていたとして、あなたは蟻の集団の倫理や、事細かな掟なんかをいちいち考慮したりする?」
「ううむ。そう言われてみりゃそうだな。同じ人間社会だって、ところ変われば慣習もかなり変わる。それをいちいち自分たちの都合に合わせていたんじゃ、そりゃあ酷というものだからな」
「それよ。だけど世の中には、そんな多種多様にある慣習や多様性をよく思わない連中がこの世界にはうじゃうじゃ居る。それは今までの歴史を鑑みればわかることだわ。そしてそれは人間だけではない。人を統括する意味での人工知能だって同じことなの」
「なるへそ、そういうわけか。その巨大人工知能の連中と、人類を一手に統括したい連中がタッグを組んだってわけか。人を簡単に支配するために」
「ご名答……とは言っても、こんな問題はあなたには簡単すぎたわね。ねえ、ヴェルデムンドの背骨折り? もしかして何となくだけど、どうやら記憶が戻りつつあるんじゃなくて?」
エナは言うや、片手で血の付いた唇を拭うと口角を鋭く持ち上げた。
「ああ、どうやらそのようだな。お前に思い切り噛みつかれたせいで、これこの通りだ」
正太郎も、言われて自分の姿を改めて確認すると、同じように口角を鋭く上げてエナを見やる。いつの間にやら、彼は浮遊戦艦に乗り込む前の元の年齢の姿に変化していた。
「あら、でもそれで満足していては駄目よ。だって、その姿はもう浮遊戦艦に囚われる三年も前の姿なんだから」
「ふうむ、そういうことか。つまり、本当の今の俺ァ、この姿から三年も
「ふふん、ようやく状況を冷静に飲み込めてきたみたいね。さっきまでの
「それを言うなよ。俺だって、ただ漫然と時を過ごしてきたわけじゃねえ。そんな時代もあったってことで勘弁してくれや」
「フフッ、じゃあ許してあげる。でも、これからが本番よ。すぐにでもあなたの本体を探さないと、世界が……いいえ、あなたの大切な人たちを傷つけてしまうことになるんだから」
「ああ、じゃあ早速案内してくれ、エナ。お遊びはここまでだ」
正太郎はエナを促すと、暗闇に染まるマンションのドアを開いた。その向こう側からは、陽の光にも似た見るにまばゆい光線が差し込んでくる。
二人は無限に広がる仮想空間の大地に足を一歩踏み入れるのだが、
「ん? ねえ、どうかしたの?」
ふと、その場に足を留める正太郎に対し、エナが問い質した。
「え……いや、何でもねえよ」
正太郎は軽く後ろを振り返ると、ニヤリと軽く優しい笑みを浮かべ、また先へと足を運び出すのであった。
※※※
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