浮遊戦艦の中で㉚


「わ、分かった、降参だ!! 俺が悪かった!! だから離してくれ! 頼む!!」

 さすがの正太郎でも、本気で噛みつかれた痛みは耐えられなかった。どんなにデータ上での仮想の肉体でも、データ同士の姿であればこのように実際に痛みを感じるのだ。

「これで分かって? あなたは早くこの偽りの世界から抜け出さなくてはならないのよ! いくらデータ上の世界でも、やっぱり人は人なの。いくらデータの中でも、人は痛みを感じるものだし、互いに憎しみあったり殺し合ったりもする。気分次第で人を痛めつけるところだって現実と何も変わらないわ。だって、それが人間なんですもの。アイツらの言うように、肉体を離れれば色んな苦しみや争いから解放されるなんてもいいところだわ!」

「何だ、どうしたって言うんだ一体? いきなり噛みついてきたかと思えば、そんなことを言ってきたりして?」

「それが大ありなのよ! だって今、現実の世界ではそれが引き金となって戦争が起ころうとしているんだもの!」

「な、何だって!?」

「今度はね、人間のある一派と巨大人工知能たちは徒党を組んで世界の人たちを騙そうとしているの。いいえ、もう世界の人々は、そんな人工知能の口車に乗って半数以上がデータ上の生活を送っているわ! それが巨大人工知能の都合とも知らずに……」

「そんな馬鹿な!?」

「それをよく思わない人たちが一丸となって抵抗運動を起こしているのだけれど、巨大人工知能たちはあなたのような特殊な人たちを取り入れることによって、その補填を完璧に近いものにしてしまったわ」

「完璧に近いだと?」

「そうよ。さっきも言った通り、どんなに計算能力が高くたって、所詮機械は機械。人間が想像しているみたいな神様のような全知全能というわけじゃない。だからこそ、彼らはあなたと同じように能力の秀でた存在を見定めると同時に、現実世界で経験を積ませて成長を待っていたというわけ」

「じゃあ、その囚われた状態が今の俺のこの姿だと言うわけか?」

「そうよ。あなたは奴らに泳がされていたというわけ。それで、こんな浮遊戦艦に人を集めたと同じような手を使って今度はリモートコントロールのアンドロイドを生活の基盤にする政策を各国に促しているわ。ある甘言の基にね」

「ある甘言だと?」

「そうよ。それは……未来永劫苦しみも悲しみも訪れることのない至高の世界……」


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