浮遊戦艦の中で㉗


 正太郎はその名前を聞いた瞬間、脳を雷にでも撃たれたように強い衝撃を覚えた。

「こ、こもん――? こもん……だと?」

 それは、どこぞでよく聞き覚えのある名前であった。だが、それがどこで聞いたものなのか、そしてどこで出会った誰なのか、今の彼の記憶系統では明確にイメージされていない。

 しかしである。どういうわけかは分からない。が、彼は胸の奥がどうしようもなく熱くなっていた。喉の奥が止めどなく干上がっていた。さらに、得も言われぬほど溢れ出る感情が抑えられなくなっていた。

「フフッ、どうやらその表情を見ると、何か思い出しかけて来ているようね? ホント、妬けちゃうんだから」

「何だと?」

 正太郎は、自分の胸の辺りを熱い拳でぐいと押さえつけながらも、怪訝な眼差しでエナを睨みつける。

「人の無意識と言うのは恐ろしいものね。すぐ顔にも態度にも表れちゃうんだもの。どんなに記憶を抑え付けられていたってね」

「じゃ、じゃあ……それってのは、俺にとって……?」

「ええ、そうね……。きっとそうなんでしょうね」 

 エナは言うや、素っ気なく正太郎に背を向け、肩をすくめて両腕を広げると、

「あたしも馬鹿よねえ。あなたのこと生来のお人好しだなんて揶揄やゆなんか出来ないわ。まさか、直接会った事もないライバルの手助けなんてしちゃうんだからね……」

「な、何だ? 何のことだ? お前、いきなり何を訳の分からん事を言っている?」

「良いのよ、今のはこっちの話。あたしの勝手な独り言よ。きれいさっぱり忘れてちょうだい。そんなことより、ねえ、ショウタロウ・ハザマ。あたしがこんなに苦労してあなたを探し出したんだから、ちょっとだけあたしの願いごと聞いてくれても良いでしょう?」

「はあ? 何だよ藪から棒に。さっぱり訳が分からん」

「良いのよ、今は訳が分からなくたって。だから、ね? お願い!」

「だから、俺ァ何をお願いされれば良いんだよ? こちとら、まだまだ状況が飲み込めなくてちんぷんかんぷんなんだ。急にお願いされたって何をすれば良いのか……」

「そうね。じゃあ言うわ。今少しの間だけ、あたしと付き合ってよ」

「お、俺とお前が付きあうだと!?」

「ち、違うわよ、そっちの話じゃない!!」

 言うや、エナは顔を真っ赤に染めて、

「そういう意味じゃなくって……ね? これからあなたの本体を探し出すまで、一緒に行動しようっていう意味なのっ!!」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る