フォール・アシッド・オー5


 小紋は、目の前の男が何を言っているのかまるで理解出来なかった。

 いやそれよりも、その言葉の殆どがこの男の歪んだ想念によって生み出された妄想であることに、深いいきどおりを覚えていた。

「違う!! 全然違う!! あなたは羽間さんなんかじゃない!! 羽間さんは、あなたの言うような人じゃないし、あなたは羽間さんのことを何も分かっていない!!」

 かつて彼女も学生時代に、〝ヴェルデムンドの背骨折り〟と呼ばれた男のことを授業で初めて知った。

 当時は、羽間正太郎という本名は公的に伏せられていた。が、彼女の熱心な探求により独自のルートでスナップ写真を手に入れ、それからというもの、彼の名を知るための追及生活が始まった。

 彼女は、そんなひたむきな努力により、あのヴェルデムンド世界で発明法取締局のエージェントになった。そしてかねてより望んでいた羽間正太郎との巡り会いに成功したのだ。

 そこからの付き合いは、彼女の今までの人生の中でもかなり濃密なものであり、かなり有意義なものであったことは間違いない。

 そしてさらに、〝伝説〟や〝天才〟だなどと、それが一応のこと事実であれ、何かと尾ひれの付いた話がウェブ上に拡散されていることを知る切っ掛けにもなっていた。

「羽間さんは確かに独特な才能の持ち主だったよ。でもね、そんなのただの噂話であって、あなたの言うような人なんかじゃないよ! あの人の力も才能も、あなたの思うように一朝一夕で手に入れた物なんかじゃないんだよ! あの人の力はね、沢山の絶え間ない努力と、沢山の悲しい困難を乗り越えて来た偶然と奇跡が生んだ産物だったんだよ? それをそんじょそこいらの十把一絡げの噂話と同じで、カップ麺みたいにお湯をさして、三分ではい出来上がりみたいな言い方されると、僕はとてもむかむかしてたまらない持ちになっちゃうんだよ!! ねえ、そんな僕の気持ち分かる? 誰かの作り出したステレオタイプな性能の機械の身体で、僕の大好きな羽間さんのことを侮辱しないでよ!! 本当の羽間さんのことは僕が一番よく知っているんだからね!!」

 小紋は思いのたけを叫んだ。すると、

「あらら、とうとう言っちゃったわね。デューク……」

「そ、そうだな……。傍から聞いていても少し気恥ずかしいものだが……。まあそれはそれで御愛嬌だろう……」

 クリスティーナもデュバラも、妙に顔を赤らめて彼女の言葉にうなずいている。

「な、何言ってんだ、お嬢ちゃん? お嬢ちゃんは、あの伝説の兵士の何だって言うんだい?」

 二分の一のサムライは眉間にしわを寄せ小首を傾げてていた。 

「ぼ、僕は、ね……」

 彼女は耳まで真っ赤にしながら、

「あなたの言うその伝説の兵士……羽間正太郎の一番弟子なんだからね!!」

 そう言って、きょとんとこちらを窺っている二分の一のサムライを睨み付けた。


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