第十六章【フォール・アシッド・オー】

フォール・アシッド・オー①


 ※※※


「というわけなのよ、デューク……」

 クリスティーナは説明を終えると、乾いた唇を潤そうと花柄のティーカップを口に運んだ。彼らの拠点としているマンションの一室で、小紋とクリスティーナとデュバラ・デフーがテーブルを囲み、今日あった出来事を報告し合っている。

「そ、それで……それでキミたちは、そのヴィクトリアとか言う怪しい女の条件を丸のまま飲んで来たというのか!?」

 デュバラは呆気にとられて二の句が継げない。

 それもその筈である。彼ら三人は、今後の協力者となる者を求め、危険を冒してまで東京楽園駅を通過しようとしていたのだ。しかし帰ってみれば、フォール・アシッド・オーと名乗る過激教団と交渉をしてきたのみであるという。これはデュバラにとってみれば、余りにも想定外な話である。

「それにしてもクリス、キミという人は……。もう人の親になろうかという女性が、暗殺などという世の中で一番残酷で野蛮な行為を引き受けてしまうとはね……」

 デュバラは褐色の眉間にしわを寄せ、なんとも言い様の無い戸惑い気味の鋭い眼光をクリスティーナに向ける。

「あら、ご挨拶ね、デューク。世界最強と恐れられている老舗の暗殺集団のホープだったあなたがそれをどの口が言えて? 言っておきますけどね、これは仕方のない流れだったのよ。あの過激な人たちの情報を得るためには、その条件を飲むしかなかったのよ。とはいっても、まだ検討中ということにはなっているのだけれど……」

 クリスティーナが、少し興奮気味でがぶがぶとカップの中身を飲み干すと、

「ね、ねえ、クリスさん! それよりもちょっと聞いていい!? 今、デュバラさんが言った言葉の意味!!」

 小紋がまたまん丸い目をことさら丸くして身を乗り出して来た。

「あ、ああ、そのことね……。小紋さんには早く言わなければならないと思っていたのだけれど、どうやら私のお腹の中に赤ちゃんが出来たみたい。ちょっと恥ずかしくて言い遅れちゃったの。ごめんなさい。少し前までは、まだキチンとした確認が取れてなかったから言えなかったのよ……」

「そ、そうなんだ! おめでとうございます!! これでようやく二人は正真正銘の夫婦だね!!」

 小紋は飛び上がって喜んだ。

 何を隠そう、デュバラとクリスティーナには戸籍が無い。デュバラは、暗殺集団〝黄金の円月輪〟を裏切って抜け出した経緯があり、クリスティーナは女王マリダの勅命を受け、これまた無断で地球に住み着いてしまった経緯がある。言うなれば、二人は正式な渡航手順を踏んでおらず、法的には密航者ということになる。

 二人は結婚をしたとは言えど、それは彼らの口約束でしかないのだ。それだけに、愛の証しとなる実子の誕生ともなれば期待が高まるのも無理はない。

「というわけなのだ、小紋殿。だから俺は、クリスに無理をさせたくない一心で協力者を得ようと計画を練ったのだ。それなのに……」


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