不毛の街㊻


 小紋はそう考えながらも、

(ここは先ず、ヴィクトリアさん相手に敵愾心てきがいしんを見せないようにしよう。じゃないと、無事にここから出られないって可能性もあるもんね。だけど、クリスさんはどうなんだろう……? もしかして、今のヴィクトリアさんの話にとりこまれちゃったかな……)

 小紋は恐る恐るクリスティーナの方に目をやると、なんと彼女の方も小紋にそっとウィンクを送りつけてくるではないか。なんとも彼女らしい可愛らしい表情つきで。

(そうか、クリスさんもお父様と一緒に仕事をしていたんだもんね。こんなまやかしめいた話に惑わされるほど子供じゃないはず。きっとクリスさんのことだから、お父様の信念を汲み取ってくれていたはずだもん……)

 小紋の父、鳴子沢大膳はとても生き方に不器用な人物であった。そのため、官僚としての出世街道に乗り遅れただけでなく、上司たる人々の反感を買い、当時出来立てのほやほやだったヴェルデムンド新政府へと左遷さながらに出向をさせられた経緯がある。

 しかし、全てが実直で根底から曲がった考え方をしない大膳は、新政府立ち上げ当時の台所に持って来いの人材であった。そのゆえあってか、彼はあれよあれよという間に頭角を現し、発明法取締局の長官として長らくその任に就いていたわけである。それは娘である小紋にとって、内面的にも外面的にもとても誇れる話だと言えよう。

 とは言えその反面、そういった信念で育ってきた小紋からすれば、ヴィクトリアの話はとてもゆがんで見えてしまう。仮に、あの凶獣ヴェロンが触媒となって人類を進化させたとあっても、それが進化を遂げた人類の優位性とは限らない。彼女から言わせてみれば、それはただの微々たる個体の変化でしかないからだ。

(確かにヴィクトリアさんの言っていることには一理も二理もあるけれど、それは全くの詭弁だよ。だって、そうやって相手を貶めるということは、自分に他者を引き上げる力が無いという証明だもんね。以前にも羽間さんが言ってた。相手の足を引っ張ろうとする行為は、自分に自信が無いか、相手を圧倒するだけの能力が無いという意識の表れなんだ。だから戦略的に拮抗すれば、足の引っ張り合いの工作活動がメインになる。これは人間の私生活にも当てはまる事なんだぜ、って……)

 羽間正太郎は、何かにつけ相手を蔑もうとする目的自体に、その首謀者に焦りがあるのだと小紋に教えていた。それが今、どことなくヴィクトリアの言い分に当てはまってしまう感じがするのだ。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る