不毛の街㊺


「そうよ、触媒。あの世界には人類を進化させ、それを後押しするための触媒があった。それが、肉食系植物たち。自らの意志を持ち始めたヴェロンなのよ」

 ヴィクトリアは見えない目で高らかに天を仰ぎ、両腕を翼のように広げて何かを呼び込もうとしている。小紋にはそれが何を意味するのか理解出来ないが、この状況がとても尋常でないことだけは察知出来る。

「人間にはね、元々進化するための可能性が秘められていたのよ。でもね、産業革命以来、近代から現代にかけて人間は機械に仕事や生活をゆだねるようになった。そしていつしか、人間よりも機械の方が優れているという錯覚に陥ってしまったの。だから今のように、自らの肉体を機械に換えることの方が至福であると心の奥底の部分で考える様になってしまったの。ほら、こんな言葉があるでしょう? あなた、機械のように素早くて適確な仕事をしているわね、ってそういう誉め言葉。そう、その言葉こそが機械というものを称賛する意識の証明であり、機械という合理的な奴隷にあこがれを抱かせる魔法の言葉というわけなのよ!!」

 ヴィクトリアの言葉には妙な説得力があった。確かに時々耳にする〝機械のように適確〟というのは、度々無意識に使う誉め言葉として認知されている。それが近代からの歴史であり、価値観の根底でもあるとヴィクトリアは言うのだ。

 かつて、小紋の師である羽間正太郎も言っていた。

「なあ、小紋。俺たちはもっと自分の頭で考えるべきだと思うんだよなあ。そんじゃねえと、俺たち人間は誰の考えで、何の為に生きているのかてんで分からなくなっちまう。そりゃあ俺だって子供の頃はよ、テレビのヒーローとかに憧れて、それを一生懸命に真似をして育ったものさ。そういう意味では、人間なんてまるっきりちっぽけなものさ。自分で物を考えているようで、誰かの影響を受けて育っちまっているんだからな。それが、いかにも自分で考えたような振りしてな。でも、でもな小紋。俺ァそれでいいんだと思う。それで……。きっと人間て奴ァ、そんなものなんだと思うよ。きっとな……」

 小紋は、正太郎との猛特訓の合間にこういった話を聞くのが好きだった。自分が尊敬して追い求めている人の考えを生の言葉で間近で伺えるのだから。

(そうか、そう言うことだったんだね、羽間さん。もし僕が、羽間さんと出会ってああいった話を聞いて居なければ、今のヴィクトリアさんの話にどっぷりと飲み込まれてしまうところだったよ。僕の心の中は、もう羽間さんの一部も同然なんだね。だから、ヴィクトリアさんの言葉なんかに惑わされる事がないんだね……)



 

 

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