不毛の街㉚


 正太郎が、墨色に染まる虚空を睨み返した時、

「流石はヴェルデムンドの背骨折りとまで呼ばれた殿方ですね……。その雰囲気ですと、もう身共みどもの存在を嗅ぎつけられましたか……」

 背中から女の声が聞こえてきた。その声は若草のように春麗であり、どことなく艶やかではあるが、それに相反して落ち着きはらっていて、あまり感情の起伏を感じさせない。

「そうか、やはりな。通称、死の花部隊……そう呼ばれてたっけ、な? 知能、技術、品格、美貌――そんな才能をふんだんに持ち合わせてあの戦乱で暗躍した女性だらけの特殊部隊。五年前の戦乱で俺も耳にしちゃいたが、そんなよだれの出るぐらい魅力的なカワイ子ちゃんたちが、この時代のこんな場違いな場所をうろちょろしていたとはね」

 彼が言うや、女は草葉の陰から音も立てずぬっと姿を現し、

「そのお言葉、そっくりそのままあなた様にお返しいたします。人呼んで、ヴェルデムンドの背骨折り……。こちらとて、あなた様のようなひと際目立つお方が隠密活動とは、とても意外ですわ。それより何とも滑稽で御座いますこと」

 そう言って足音も立てず正太郎の背後に忍び寄り、スッとつかず離れずの距離を保って息を吹きかけてきた。

 その匂い立つ花の香りとも女の臭気ともどちらとも取れぬ何とも耐え難い艶やかな吐息。その香りを嗅いだだけで、正太郎はふと心許ない気持ちになった。

「そう来るかね、どことなくせっかちなお嬢さんよ。こんな場所で俺を誘惑して何をさせるつもりなのさ?」

「あら。もう身共の意向を汲んでくださっているのでございますか?」

「そりゃあもう、ここでキミと熱い抱擁を交わせたのなら申し分ないが……」

「なら話は早いですわ。ここで身共と戦いのちぎりを交わして頂きましょう……」

 女は言うや、正太郎の首筋に滑らかで張りのある唇をゆっくりと這わせて来る。その得も言われぬ快感に、正太郎ですらただひたすら正気を失い掛ける。

 正太郎は全身に粘度のある肉質のしびれを感じながら静かに振り返ると、そこには亜麻色あまいろの腰まで伸びる髪が麗しい、優しめの顔つきの美女の姿があった。

 正太郎は、いつものように何か洒落た言葉を掛けようとしたが、彼女の十指が波打つように全身を駆け巡る度、

(これ以上は野暮だ……)

 とばかりに唇を重ね合い、至上の快楽に酔いしれ合う。しかし……

「キ、キミ……」

「何か……?」

「今日の夕食は、血のしたたるステーキでも食べたかい?」



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