不毛の街⑲



「いかにもその通りですな、赤髪の美しい人よ。なぜかは分からないが、私は物心ついた時からこのような感覚があるのが当然だった。だから私はこの感覚に、何の抵抗も疑念も持っていない。それどころか、他の誰もが皆そうであると考えていた。しかし、ある一定の経験を得た今、これが他に類を見ない感覚であると確信している。ただ、私にはそれだけのことなのだが……」

 ただそれだけのこと――

 そう言ってのける彼の態度は極自然であり、どこにも驕り高ぶった語気すら感じさせない。

 クリスティーナは、これが稀に見る〝共感覚〟であると感じざるを得なかった。空間を漂っている匂いが色になって見える。そんな現象が彼の中に常時巻き起こっているのであれば、そうであるに違いない。

 しかし、それにしても常軌を逸している。何しろ、一瞬にして遠く離れた自分の場所まで嗅覚と視覚の共感覚で居場所を突き止めてしまうのだから。

(これが鳴子沢家の家系ということなのかしら……。散々お世話になった大膳様も、どこか謎めいたところがあったように感じてはいたけれど……)

 経験上、世の中の様々な事象に関わって来た彼女ですら閉口してしまう。そんなぐうの音も出ない一件であった。



 その後、クリスティーナ、小紋の両名は、小紋の兄春馬の導きで。元銀座駅から少し離れたとある場所に案内された。なんと、彼のパトロンであり彼の仕事の依頼主である〝白狐のヴィクトリア〟なる人物に是非とも引き合わせたいと進言されたからだ。

「ヴィクトリアは少し風変りだが、話の分かる女性です。きっとキミたちの力になってくれるでしょう」

 クリスティーナは、春馬の言葉を聞いて少し信じてみたくなった。なにせ、彼女らには情報が少なすぎる。

 何より鳴子沢小紋は、絶大な信頼と愛情を寄せた男、羽間正太郎や、心底心を通い合わせた無二のパートナーであったマリダ・クラルインに会いに行くことすら出来ないでいる。そんな彼女が余りにも不憫でならなかったのだ。この際、ヴェルデムンドに関するどんな情報でも手にして置きたいところなのだ。

「ここがヴィクトリアのオフィスです」

 鳴子沢春馬は、目の前にそびえる巨大なタワービルを指差した。ここは日本でも指折りの起業家たちが居を構えるオフィスビルである。

「ここに〝白狐のヴィクトリア〟さんが……?」

 クリスティーナが地上から嘗める様に空を見上げながら言うと、

「ええ、そうです。ヴィクトリアは表向き、主に食料や雑貨などの輸入商品を扱う会社を運営しています。血筋とでも言うのですかね。代々の家系がそう言った商人をしておるようなので、彼女もここ日本で会社を設立して生計を立てているのです」

「なるほど……。でも今、表向きと仰いましたよね?」

 クリスティーナが問うと、

「ええ、確かにそれは表向きの稼業です。ですが裏では、トレーダーという特性を活かした情報組織をも営んでおります」

「情報組織……?」


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