不毛の街⑱


 その時、クリスティーナは焦りとも感心ともどちらとも取れぬ脅威を感じていた。なにせ彼女は、あの立ち話をしていた場所から、誰にも特定されぬように人混みを掻い潜って走り抜けて来たのだから。それが、あのポンコツを絵に描いたような男に容易に察知されてしまった。

(どういうことなの。これが鳴子沢家の血筋だとでも言うの……? もしかして、あの人も小紋さんと同じ力をもっているとか……?)

 クリスティーナは額から落ちる汗を拭い、平静を装って春馬を向かい入れた。

「春馬さん。どうやってここが?」

「いやあ、あなたの残り香を追ってきました。クリスさんの香りは目に見えて特殊なので……」

「残り香ですって……!?」

 言われてクリスティーナの顔は真っ青になり、そそくさと胸元から脇の下辺りに鼻先を押し付ける。

 それでも春馬は何食わぬ調子で、

「ええ、あなたの残り香ですよ。私には人が放つ香りが目に見えるんです。その中でもクリスさんの香りは虹色とでも申しましょうか。爽やかなブルーと淡色のレッドに夏の太陽の輝きのようなイエローとが交互に現れる感じなのです」

「は、はあ?」

「だ、だから……私にはそう言った……」

 鳴子沢春馬がもっともらしい説明をすればするほど、クリスティーナの頭の中は複雑になった。

 残り香を追って来た――

 人の香りが色になって目に見える――

 そんな訳の分からないことを唐突に言われても、これは彼女の常識の範疇にはない。

 まして、彼女の実の妹である小紋も常識外れの感覚を有している。それは、彼女の夫となったデュバラ・デフーの話によれば、

「鳴子沢小紋は、あのショウタロウ・ハザマと同じ〝三心映操の法術〟使いである」

 ということである。

 それら二つの能力を並び立てて優劣を測る事こそナンセンスではある。しかし、それらの感覚を持たぬ人々から見れば、これらの力はかなりの脅威に感じるのもやむを得まい。

「そういうことなのね。春馬さん、あなたが最初に駅の構内で私たちを追って来られたのも、その匂いを視覚で識別できる能力があってこそということ……?」


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