不毛の街⑩


 この時代、監視カメラでの顔認知機能は過渡期を迎えていた。

 なぜならば、顔認知システムジャミングと呼ばれる技術が裏社会からの発信で定着しつつあったからだ。

 まして、小紋やクリスティーナのように第一線で活躍していたエージェントともなれば、その技術の存在をわきまえている。ともなれば、今回の彼女らの作戦行動の裏には、そのような技術が活用されていることは言葉にするまでもない。

 しかし、この目の前の鳴子沢春馬という男も、この様子ではその技術を知り得ているということになる。なぜなら、彼は自分のかつらを取っただけでその場を誤魔化せると考えているからだ。

「どういうこと? 春馬兄さんは、一体何者なの!?」

 小紋は大きな目をさらにぱちくりして問う。

「おいおい、小紋。自分の実の兄に向かって何者とはずいぶんご挨拶だな。それとも何か? 私のこのスペシャルなヘアスタイルがどうにも気に入らないって言うのかい?」

「い、いや、そう言うんじゃないけど……。でも、春馬兄さんはそんなかつらだけを取って、あの人たちから逃げ果せるとでも本気で思っているの? もし、そうじゃなくて、監視カメラの顔認知システムまで誤魔化せると考えているのなら、それは……」

「ふむ、なるほど。それはいい質問だ。さすがは、我が鳴子沢家の血筋を引く者だけはあるな……などと、ちょっと気取った言い方をしてみたいところだが。さて、その質問に率直にお答えしよう。……そうだ、そうなんだ。答えはお前の言う通り、私は認知システムジャミングの存在を心得ている。なぜなら……」

「なぜなら?」

「ああ、なぜなら、私は、依頼人の要望を叶えることで、その対価に見合った報酬を得ているフリーの探偵だからだよ」

「探偵だって!? は、春馬兄さんが?」

「その通りだよ、小紋。探偵と言っても、巷で持て囃されている虚構の推理小説のように密室殺人などの難事件を解決するような華麗なものではない。私の場合は、依頼者が知りたい対象の詳細な情報をくまなく調べ上げ、それを依頼者に伝達する……言わば個別対応の調査人と言えば良いのかな。まあ、どちらかと言えば、小紋、お前が以前にやっていた〝エージェント〟に近い仕事なのだよ。そう、繰り返しにはなるが、私の場合は個人的な依頼によって成り立つのだがね」

「え、あ……あの、春馬兄さん。兄さんは、僕が以前に発明法取締局のエージェントをしていたことまで知っているの?」

「ああ、知っているともさ。一応、この世界に足を踏み入れて長いのだからね。お前が発明取締局に入局したと知った時は、私も目が飛び出るぐらいびっくりしたものさ」

「そ、そうだったんだ……」

「ああ、だけどまあ。子供の頃からあれだけとんがっていたお前のことだからな。そのぐらい突飛出た事を容易にするとは思っていたさ。しかし、まさか、お前が憧れていたそのお相手というのが、あの〝ヴェルデムンドの背骨折り〟だとは思ってもみなかったさ。それを知った時は、さすがの私でも開いた口が塞がらなかったものだよ」

 この鳴子沢春馬という男も、クリスティーナ以上に歯に衣着せぬほど率直である。しかし、それ以上に小紋が感じたのは、

(昔から春馬兄さんは凄い人だとは思っていたけど……。こんなに何年も離れていたのに、そんな情報まで知っているなんて何て人なんだろう……)

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る