不毛の街⑨


「ねえ、それを知っていたなら、何で一真兄さんのお葬式に来なかったの!? お父様もお姉ちゃんもあの時は寂しがってずっと泣いてたんだからね!! もちろん僕だって……」

 小紋の目から、自然と涙が溢れ出てしまう。彼女は思わず春馬の胸にすがりつき、何度も何度も握りこぶしを叩き付ける。

「ああ、それは苦労を掛けたな。済まなかった……」

 春馬は彼女を軽く抱き寄せ、しきりに頭を撫でる。

「なあ、それにしても、小紋……」

「なあに? 春馬兄さん」

「お前、まだ治らないんだな、それ……」

「それ? 僕の何が治らないっていうの?」

「ああ、それだよそれ。その自分の事を〝僕〟っていう変なところ……」


 鳴子沢小紋は、ある一時期まで男勝りの偏屈な性格を持った少女であった。

 それは、母親を早くに亡くしたことにより、彼女はいつしか、

「自分は強く生きなければいけない」

 という思い込みが激しくなったからだ。

 彼女はその頃からあらゆる武道や武術に傾倒するようになり、次第に自分よりも弱い同世代の少年たちを見下してしまうようになっていた。

 だが、そんな偏った考えの彼女の思春期を陰から支えていた存在が、この兄春馬なのである。

 春馬は、父大膳や、長男の一真のように体格こそ恵まれてはいない。だが、時より見せる彼独特の慧眼けいがんともいうべき先見の明と知覚能力には目を見張るものがある。

 それゆえ、歪みかけた心で世間を見下そうとする当時の小紋に対し、

「普段から現実から目を逸らしてばかりいると、やがてお前の目には汚いものや臭い物しか映らなくなってしまうぜ?」

 などと言って、強がって見せる彼女を時折り諭していたのだ。彼は、そんな頃の小紋の良き相談相手だったのだ。

「それで、小紋。見つけることが出来たのか? 昔からお前が言っていた理想のお相手って奴はさ?」

「え、あ、う、うん……。まあ……」

「まあ? うん、そうか。見つかったのか。それなのにどうした? そんなに渋い顔して」

 春馬がきょとんとした表情で問い掛けると、

「あ、あのう……横槍で申し訳ないのですが、小紋さんのお兄さん。春馬さん、でしたよね……? まあ、こんな場所で立ち話もなんですから、どこか落ち着く場所まで移動しませんか?」

 クリスティーナは、故意に二人の間に割って入る。

 すると、春馬もハッとした様子で、

「あ、ああ! そうでした。これは失敬、失敬!! これではまたに捕まってしまうかもしれませんね。どうも私は、話し出すと勢いが止まりませんもので……」

 春馬は言うと、サッと頭に手をやり、ボサボサ髪を手で押さえた。そしてそれをいきなり引っ張ったかと思うと、

「あっ……!!」

「あれ?」

 瞬間、小紋もクリスティーナも呆気に取られて素っ頓狂な声を上げてしまう。

 なんと、ボサボサ髪が外れたと思いきや、毛髪の一本すら生えないつるりとした頭部が姿を現したからだ。

「どうだい、二人とも? これでとりあえず、あんなボンクラ連中には気づかれなくて済むだろう?」


 

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