楽園へのドア⑲


 当の本人が覚悟の上だとは言え、さすがにかなちょろのエリックの死は正太郎の心を揺さぶる。

 いくら戦争だ紛争だと物を考えたとしても、仲間が死んでゆく様を見てしまうのはとても忍びないものがある。それが昔馴染みであればあるほど、胸をえぐられる思いになってしまうのは、なおさら当然のことだ。

 かつて、五年前のヴェルデムンドの戦乱に於いて、羽間正太郎がゲリラ軍の軍師になったのには、こういった経緯がある。

(せっかく知り合えた仲間を無駄死にさせたくない……)

 という純粋無垢な考えを押し通したがゆえである。その為に、強引にヒューマンチューニング手術を施行しようと迫る新政府に対し、正太郎も半ば強引にゲリラ小隊のリーダーを買って出、さらには数々の戦果を上げ続け、軍師という役目を任されるようになったのだ。

 それが途方もない理想的で逆説的な甘い考えからであることは、彼も重々承知している。無論、戦争で死人が出ないわけが無い事をよく理解している。

 しかし、それでも彼は若かったのだ。それだけ自分の理想が現実へと反映されるものだと信じ切っていたのだ。

(ああ、そうさ。だけど俺は、敵味方共に、有象無象に蔓延はびこる腹の中に黒い一物を持った連中に辟易へきえきしちまったのさ……。かなちょろの。この俺は、世の中にお前のような真っ直ぐに考えている連中ばかりじゃねえってことを、どうやら知っちまったみてえなのさ……)

 正太郎はエリック・エヴァンスキーの書いた血文字の文章を、最初から最後まで読み終え、それをそっと手で拭って跡形もなく消した。

(これでお前の意思は受け取った。そして俺の中に、また一つ意思が宿った……)

 これは言い得て知り得ていた事だが、戦争は敵味方関係なくよく人が死に、よく人々の心を狂わせる。

 やがて戦乱が熟した頃になると、その機に乗じた魑魅魍魎ちみもうりょうの類いが表面に現れる。それもこれまた人の業。世の習いと言ってよいのかもしれない。

(かなちょろの……。お前さんの仕事は至極立派だった。俺ァ、とても感謝しているぜ……。だがよ、命を最初から捨てるつもりで乗り込んだんじゃあ、そりゃあ諜報員失格ってもんだ。お前の胸の内に何があったのかまでは今は知る由もねえが、それでも一流の諜報員は生きて元の場所に帰るのが原則ってもんだ……)

 正太郎は眉根を寄せ、そこで深い溜息を吐く。

「あばよ、かなちょろのエリック……。後の事はこの俺が承知したぜ」

 彼は言うや、静かにその場を去った。

 おおよそ半日後には、あの浮遊戦艦のある場所に到着する。


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