第十五章【不毛の街】

不毛の街①


※※※


「この度は、東京楽園都市線をご利用いただき、まことに有り難う御座います。この電車は、東京楽園駅経由で、真楽園メガロポリス公園前まで参ります。この先、法律によりネイチャーの方はご乗車を制限されますので、どうぞご乗車のお客様はその旨をご了承の上、こちらの電車を御利用ください。次は、元銀座、元銀座。お降りの方は――」

 列車のアナウンスは、インターフェースツール越しから聞こえている。

 車窓から見える景色は、整備された箱庭のように整然としており、派手な色使いも誇大染みた看板も一切見当たらない。ただ、肉眼で確認できるのはサイコロを四方向に並べただけの殺風景な灰色の街並みであった。

「ねえ、クリスさん。本当にこの街に、僕たちの組織に協力するという人たちの隠れ家があるの?」

 半ば満員に近い通勤電車の中で、ひと際小柄で桃色のベールを被った可愛らしい顔をした女性がひそひそともう一人の女性に話しかける。彼女が肩を寄せ合って話しかけているのは、スラリと身長の高い、赤いストレートの髪を腰まで伸ばしたした美しい女性である。

「シッ……! だめよ、小紋さん。肉声は盗聴の恐れがあるのだから。今は耳元に付けてる簡易モジュールを通して文字通信で話しかけて。そうでないと、この電車内の人たちに怪しまれてしまう……」

「ご、ごめんなさい。僕、何だかこの簡易モジュールとかいう機械にどうも慣れてなくって……」

「だけど、これから元銀座駅を過ぎたら東京楽園駅よ。もうそこからはメガセレブリティのエリアなのだから。そこに入ってしまえば、機械に体を変えていない私たちが容易に入っていけない場所になるの。ミックス以上でないと法的に捕まってしまうわ。だから、簡易モジュールを利用して、私たちはミックスになりすまさなければいけないの」

 彼女ら二人は、ひたとも揺れを感じさせない車内で、肩を寄せ合って簡易モジュール通信で話し合う。

 その二人の正体とは、言わずと知れた鳴子沢小紋と、クリスティーナ・浪野である。 

 彼女らは、体が触れ合わない程度に混みあった東京楽園都市線に乗り込み、今後のとなり得る人物と落ち合う算段である。

 しかし、今の世を大手を振って席巻する、いわゆる、

『アンドロイド・ミックス特別措置法』

 の効力によって居場所を失ってしまったのだ。そして次第にそしてネイチャーたる彼女らは実質の発言権や財産権すらも失い、郊外へ、地方へと追いやられてしまっていたのだ。

「この路線も頭に東京なんて名が冠してあるけれど、実際にはもう海外利権の温床に毒されてしまっているわ。私たちの国の首都は、もう日本のようで日本でない……」

 クリスティーナは、ひどく憤懣に満ちた表情で、車窓からの風景を一瞥する。

「そうだね、クリスさん。僕たちは今や、同じ日本という土壌に居ながら、行くてを失くしてしまったジプシーそのものだもんね」

「半年前にあった主要人工知能A25国際会議の影響で、この国も大分様変わりしてしまったわ。ほら見て。こんな殺風景な街並みも、この簡易モジュール越しに覗いて見て見れば……」

「うん、確かに一昔前の賑やかだった東京の街並みのように見える」

「でも……」

「そう。でも、こんな物から通して見なければ、この街はただのコンクリートの塊だらけでしかないよね。クリスさん……」




 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る